宮崎貴士
孤高のシンガーソングライターが現在に紡ぐ、奇跡のスタンダード
「もともと家が楽器屋で、父親が調律師で母親がピアノの先生だったから、中1ぐらいから普通にギターを始めて。誰に聴かせるでもなく曲を作ってて、80年代末に岸野さん(岸野雄一。音楽家・批評家・スタディスト。本盤のプロデュサー)やゲイリー(ゲイリー芦屋。作曲家で黒沢清作品をはじめ多くの映画・ドラマ音楽を手掛ける)と出逢って、そこから本格的に音楽を作り始めるんだけど、当時はまだ自宅でアルバムを作るなんて環境もなかったし、誰も作ってなんて言ってくれなかったからさあ」。
……ということで、2002年。遅すぎた(?)デビューアルバム『少太陽』をリリース。〈ポール・マッカートニーのポップセンスと藤子“F”不二雄のノスタルジーを合わせ持った、ニホンジンのための桃源郷〉が、ジム・オルークをはじめ、多くの人々に驚きをもって受け止められた宮崎貴士。
その待望のセカンド・アルバムは、その名も『ASTAIRE』。そう、あの華麗なタップで世界中の映画ファンを魅了した“ダンスの神様”フレッド・アステアである。
「アステアのダンスって、ある意味、ビートルズ以上の大義だし、この世でいちばん美しい人間の仕種のひとつ。そういうスタンダードで普遍的なアルバムにしたいなと思って。前が『少太陽』(藤子不二雄が高校時代に作った幻の同人誌の名前)だっただけに、ね」。
そんな言葉からも察せるように、ランディ・ニューマンばりのピアノマン的アプローチの中に、田中亜矢、菊地雅晃などの多彩なゲスト・プレーが光る本盤は、より間口の開かれた彼のポップ世界が開花。巧みに紡がれた13の楽曲群は、映画さながらのトータリティーを持ちながら、その一曲一曲は〈リアル〉な輪郭の強さをもっている。なかでも〈アステアの死の瞬間、彼と病院のベットや点滴が一緒に踊り出すみたいなイメージが勝手に沸いて〉生まれたという表題曲“アステア”には絶句。
「とにかくポール・マッカートニーが好きで。別アレンジのメドレーなんかはポールの影響。でも手塚治虫と宮崎駿の関係みたいなもんで、好きだからこそ離れなきゃいけないなって。やっぱりオリジナリティってそういうところにしかないし、何故いい曲なのかって裏付けは後でできても、その裏付けの知識でいい曲はできないんだよね。それを瞬発力じゃなく作り続けていくってことは、もう……。好きだからとしか言いようがないよね。最近だとルーファス・ウェインライトとかそうなんだけど、いい曲を聴くと自分が作りたくなっちゃって、とても最後まで聴いてらんない(笑)」。
音楽がこれでもかと細分化し、過去のヒット曲のカバーばかりが量産され、アルバムが曲単位で切り売りされつつある〈こんな時代〉に、いわゆる〈スタンダードなポップ・アルバム〉を作り続けることは、おそらく〈新しいジャンル〉を発明することなんかより、よっぽどハードルが高い。それだけに『ASTAIRE』の毅然とした優雅さは、ある種の凄みすら感じさせる。
「おいらの場合、周辺のライフスタイル込みで聴かせるような音楽じゃないし、基本的に楽しい雰囲気を信用してないから(笑)。演奏してるときの瞬間的な気持ち良さよりは、こんな曲を作ってやった! っていう、階段をのぼった達成感みたいなのに歓びがある。こういう音楽をもし自分以外の人間が作ったら、もう自分は音楽やめようと思うようなアルバムを作りたいよね。(ほかのアーティストが聴いたときに)〈あ、俺もうダメだ〉って思わせるような。……さっきと言ってることが矛盾してるけど(笑)」
「一人でも多くの人に」なんてヌルイことは言わない。ただ今、このようなアルバム(安田謙一氏のライナー含む!)が聴ける〈奇跡〉を噛みしめつつ、それがしかるべき場所に届くことを祈ろう。
宮崎貴士『ASTAIRE』
1. 約束(試聴する♪)
2. 西部劇
3. 猫騒動
4. トブソポ(試聴する♪)
5. 空中レビュー(インスト)
6. 夕立(インスト)
7. 正しい数の数え方
8. タワーリングインフェルノ(インスト)
9. 何かが道をやってくる
10. 春の夢
11. 猫リメイク
12. アステア
13. 渚にて(インスト)