sleepy.ab
パラシュート部隊は遥か上空から海面へと到達し、そのまま深海までふわりふわりと降下していく。サイケデリックな渦を巻き起こしたかと思えば凪いだ波のように揺らめくギター、泡のように儚く立ち現れては消える電子音、言葉を丁寧にたなびかせてなだらかな曲線を描く歌声。輪郭を淡く溶かし出した無数の音のレイヤーで構成される海のなかは、無重力状態の宇宙にも似た浮遊感に満ち溢れていて――札幌在住の4人組、sleepy.abの本質は、まさにそう形容がしたくなるような音像にある。パラシュート部隊=『paratroop』とは、彼らから約2年半ぶりに届いたオリジナル・アルバムのタイトルだ。
「今回の作品のテーマは、何となく作った曲から派生していったんです。“アクアリウム”と“さかなになって”が初めに出来て、〈海のイメージだね〉っていう話をしてたら、水槽にクラゲが浮いてる“アクアリウム”(配信限定シングル)のジャケットが出来て。それが何かパラシュートみたいに見えて、じゃあ空を描こうと。それで作ったのが1曲目の“ダイバー”。空から海へ、海から深海へ降下していく……だけど、深海って宇宙みたいな雰囲気もあったりして。〈海のなかのパラシュート〉から連想される浮遊感は、sleepy.abのサウンドにすごく合ってると思います」(成山剛:以下同)。
昨年2月に発表したベスト盤『archive』で一旦みずからの足跡を見つめ直した彼らは、そこで〈時代性に関係のない音楽を作る〉というバンドの指針にブレがないことを再確認したという。「だからこそ、新しいことに挑戦するのもアリなんじゃないかと思って」――そう成山が語る通り、新作では制作方法からサウンドまで、新たな方向性が多く打ち出されている。
「前はみんなとスタジオで合わせながら曲を作っていたんですけど、今回はデータの受け渡しで進めることが多かったですね。そうすると、(他のメンバーから)知らない音が入って返ってくることがあって。“さかなになって”は、アコギのフレット・ノイズだと思っていた音が、実は山内(憲介)が入れたイカの鳴き声だったり(笑)。あと“アクアリウム”はストリングス・クァルテットとのアコースティック・ライヴ用に作ったんですが、これも次のアルバムに入れたいって話が出た時、一回極端なところまでやっちゃおうって、僕たち的にはありえないぐらいの振れ幅でアレンジしてみたんです。そしたらすごい激しくなって。これはホント新機軸になった曲ですね」。
一方、基盤とするシンプルで胸に響くメロディーと普遍性を纏った歌詞は、これまで以上に聴き手へ向けて開かれた作りとなっている。
「山内がsleepy.abのプロデューサーみたいな役割をしてるんですけど、今回は〈詞が響きとしてスッと入ってくる場所が多いから、それを壊したくない〉って言ってて。そことギターで持っていく場所とを色分けして、届けたい部分をより立体的に届けられるようになっていると思います。あと歌詞の面で言えば、いままではあまり固有名詞を使わずに、すべて想像してほしいという感じだったのが、今回は抽象的な絵の前にひとつ具体的なもの――例えば〈水槽〉とか〈部屋〉みたいなキーワードを置いて、そこにピントを合わせて背景はぼかすみたいな、これまでより具体性をめざしたところはありますね。聴く人と僕との共有スペースがより大きくなった感じです」。
そうして揃った11曲。空や海、そして彼らが暮らす北海道などが、無限に広がるサウンドスケープに投影された本作で、いよいよメジャー進出を果たす。
「11曲がカチッとはまって、旅が始まる。始まりなのに落ちていくっていう……(笑)、そういうところもsleepy.abっぽいのかな。でも、『paratroop』にはやんわり攻撃開始っていう裏テーマもあるんですよ。ふんわり上陸作戦っていうかね(笑)」。
PROFILE/sleepy.ab
成山剛(ヴォーカル/ギター)、山内憲介(ギター)、田中秀幸(ベース)、津波秀樹(ドラムス)から成る4人組。98年に北海道は札幌で結成。道内を中心として精力的にライヴ活動を展開する。2002年の『face the music』を皮切りに『travelling fair』(2004年)、『palette』(2006年)とコンスタントにアルバムを発表。2007年の『fantasia』発表後には初の全国ツアーを行い、〈フジロック〉〈サマソニ〉〈RISING SUN〉といった夏フェスやイヴェントにも多数出演し、注目を集める。2008年にベスト・アルバム『archive』をリリース。今年5月に配信限定シングル“アクアリウム”を発表。その後レーベルを移籍し、このたびニュー・アルバム『paratroop』(ポニーキャニオン)をリリースしたばかり。