清 竜人 『WORLD』
胸を揺さぶる歌というのは、こういうもののことを言うのだろう。昨年3月にファースト・アルバム『PHILOSOPHY』をリリースし、透明感のあるメロディーと洗練されたサウンドが高い評価を集めたシンガー・ソングライター、清 竜人。約1年ぶりとなるニュー・アルバム『WORLD』には、彼の持つ切実な思いが力強く込められている。ピアノ主体のアコースティック・サウンドのナンバーから迫力あるギター・ロック、トリッキーな展開のシアトリカル・ポップまで、幅広い曲調を備えた全12曲。しかし何より心を打つのは、真っ直ぐに放たれる繊細でエモーショナルな歌声だ。
「前作と大きく違うのは、今回のアルバムには広がりのような部分があると思うんです。自問自答から曲が生まれる、自分に向かって歌っているという、自分の音楽の根本的な部分は変わってないと思う。でも、自分の音楽を聴いてもらえるリスナーの存在を実感することができたことで、ちょっと前までの自分だったら照れ臭くて言えなかったことを素直に言えるようになった。それはすごく大きいですね」。
17歳の時に全国高校生アマチュア・バンド選手権〈TEENS ROCK IN HITACHINAKA 2006〉でグランプリを獲得し、〈ROCK IN JAPAN〉への出演を果たすなど、早い段階から高い音楽的才能が注目を集めてきた彼。ただし、そのセンスは知識や経験というよりも本能的な感覚に裏付けられたものだという。
「母親がクラシック好きで、父親は昔の洋楽をよく聴いていた。音楽に触れる機会は多かったので、その影響は大きいと思います。でも、自分で積極的に幅広く音楽を聴く感じではなかったんです。曲を作る時も、自分がしっくりくるメロディーとそうでないメロディーははっきりしているけれど、そこに音楽的な理由はあまりない気がする。理論的なことじゃなく、本当に自分の勘で作っているんです。そういう根底の部分は大切にしていますね」。
大きな注目を集めたデビュー作を経て、“ヘルプミーヘルプミーヘルプミー”“痛いよ”と2枚のシングルをリリース。形の見えない葛藤、恋の不安と喜びを率直な言葉で描き出したこの2曲は、彼にとっての大きなターニング・ポイントになったという。
「特に“痛いよ”という曲は、歌詞も曲自体もアレンジも、すべてのピースが綺麗にはまった感じがしました。自分が曖昧に抱いていた理想のヴィジョンが一曲で具体化できたというか。自分のなかで集大成のような曲になった気がしました」。
アルバムでは、聴き手の背中をそっと押すような力強いポジティヴィティーも印象に残る。象徴的なのは、表題曲でもある冒頭の“ワールド”。ゴスペルを思わせる包容力のあるコーラスと大らかなメロディーが心地良い。
「“ワールド”が12曲のなかでは早い段階で仕上がって。そこで〈いまの自分はこうだ〉っていう確信的なものが見えはじめた感覚はありますね。アルバムには自分が持っている二面性みたいなものが顕著に表れている気がします。相変わらず悲観的な部分や自己嫌悪から生まれてくるものも多いんですけど、ちょっとずつ前を向きはじめた感じがする。そういうものが歌詞にも反映されているかと思います」。
天性の音楽的才能とナイーヴで繊細な内面を持つ、清 竜人という一人の歌い手。その素顔がありのままに表れた12曲は、とても感動的な響きを持っている。
「ファースト・アルバムの頃は、少しでも自分の存在価値を高めたいという邪心や邪念のようなものがあったと思うんです。でも、それが少しずつ消えていった。いまはそのままの自分を表現しようとしている部分が大きいですね。それがすごく良いバランスで、素直に表現できていると思います」。
PROFILE/清 竜人
89年生まれ、大阪出身のシンガー・ソングライター。15歳から作曲を始める。17歳の時に〈TEENS ROCK IN HITACHINAKA 2006〉でグランプリを獲得、〈ROCK IN JAPAN〉へ出演して注目を集める。2008年に映画「僕の彼女はサイボーグ」の挿入歌として楽曲を提供。2009年3月にシングル“Morning Sun”でデビューし、直後にファースト・アルバム『PHILOSOPHY』をリリース。〈フジロック〉をはじめ、夏フェスやイヴェントに数多く出演。同年11月にシングル“ヘルプミーヘルプミーヘルプミー”、今年1月に“痛いよ”を発表。初作が〈CDショップ大賞〉で準大賞に選ばれて話題となるなか、このたびニュー・アルバム『WORLD』(EMI Music Japan)をリリースしたばかり。
カテゴリ : インタビューファイル
掲載: 2010年02月17日 18:10
更新: 2010年02月17日 18:22
ソース: bounce 318号 (2010年2月25日発行)
インタヴュー・文/柴 那典