TAJ JACKSON 『It's Taj Jackson』
数々の名曲を書いてきたスターゲイト軍団の名匠が、ようやく自身の名唱を届けてくれる。これは絶品だ!
ソングライターとして名を上げたのち、アーティストとして表舞台に立つ。ニーヨ以降続出したそれらの紹介は別掲のディスクガイドに譲るが、彼/彼女たちに共通するのはもちろん、すでに裏方としての実績を持っているということ。ルックスやアイドル性に頼るのではなく、積み上げてきたキャリアを拠り所に、ついにみずからに才能を注ぎ込む機会が訪れる──そんな作品が悪かろうはずがない。R&Bファンからデビューを心待ちにされていたタージ・ジャクソンは、そのなかでもまさに名裏方として破格の実績を持つ人物だ。
「アルバムを出すのは初めてだけど、“I Call It Love”“Wait For You”“How Do I Breath”を作った時は自分でもレコーディングしたんだよ。そういう意味では、ソングライターという役割と並行して、自分でも歌を歌っていたんだ」。
発言中の曲名は順に、ライオネル・リッチー、エリオット・ヤミン、マリオのもの。そして、3曲に共通するプロデューサーはあのスターゲイトだ。ニーヨやジョンテイ・オースティンなどスターゲイトが組むソングライターは超一流ばかりだが、そんななかで彼らの片腕としてジョーやトレイ・ソングス、マーカス・ヒューストンらに華々しいヒット曲を提供してきたことはタージの実力の証明になるだろう。
「スターゲイトとは2006年から正式にチームとして働きはじめたんだ。間違いなく世界でトップ・レヴェルのプロデューサーだね。今回もほとんどの曲を作ってくれたんだけど、もうすでに僕の性格やこだわりを知り尽くしてくれている相手だから、とてもスムースに進んだし、やりやすかったよ。彼らは僕が集中しやすい環境を作ってくれるんだ」。
スターゲイトがここまで多くのプロデュースをしている作品はかつてなく、その意味でも貴重なアルバムである『This Is Taj Jackson』。しかも、ニーヨでいうところの“So Sick”路線のメロディアスな曲調で統一された内容は最高に美味だ。また作中には、日本が誇るヒットメイカーのJeff Miyaharaも1曲を手掛けており、そのトランシーな“Get To Know U”は全体の良いアクセントにもなっている。
「素晴らしいレコーディングだったよ! 事前にトラックは聴かせてもらっていたけど、Jeffと話をしたり、当日改めて湧き上がった感情を優先させるために、レコーディングしながら詞を書いたんだ」。
その際タージが見せたのは、レコーディング・ブースでラップトップを小脇に抱え、歌いながら即興で歌詞を打ち込んでいくという驚きの方法だ。この仕事ぶりと早さも一流の証と言えるだろうか。
そして何よりタージ自身の歌声も、無骨な見た目からは想像もつかないスムースさと、感情をヴィブラートに込める切ない歌い口がリリックとトラック両方と最上の相性を生んでいる。前述の発言の通り、制作曲のデモをみずから歌うことが多いようだが、『This Is Taj Jackson』ではルーベン・スタッダード“Toghter”と、ライオネル・リッチー“Think Of You”“Forever”という彼が書いたヒットをみずからのヴァージョンとして歌い直していることにも注目したい。
「自分が生み出した作品を素晴らしいアーティストに歌ってもらった。そしてその曲がヒットして、いま自分の手元に戻ってきたって感じかな。ソングライターとしてもシンガーとしても、素晴らしいアーティストや音楽ファンの耳を通って……ふたたび自分で歌ったものを聴いてもらえるっていうのはとても嬉しいし、光栄なことだよ」。
ソングライター冥利に尽きる、とはこのことなのだろう。彼の才能のかけらたちが世界を巡り、一枚のアルバムに結晶した本作を、ぜひすみずみまで堪能してほしい。
▼タージ・ジャクソンがソングライターとして関与した作品を一部紹介。
左から、ライオネル・リッチーの2006年作『Coming Home』(Island)、エリオット・ヤミンの2007年作『Elliott Yamin』(Hickory)、マリオの2007年作『Go』(J)、レオナ・ルイスの2007年作『Spirit』(RCA)、ジョーの2007年作『Ain't Nothing Like Me』(Jive)、ジャネット・ジャクソンの2008年作『Discipline』(Island)、ジェシカ・モーボイの2008年作『Been Waiting』(Sony Australia)、ライオネル・リッチーの2009年作『Just Go』(Island)、ルーベン・スタッダードの2009年作『Love Is』(Hickory)
カテゴリ : インタビューファイル
掲載: 2010年06月08日 21:10
更新: 2010年06月08日 21:19
ソース: bounce 320号 (2010年4月25日発行)
構成・文/池谷昌之