CHINO 『Never Change』
「俺の才能を信じてくれて、自由を与えてくれて、さまざまな世界を見せてくれて、活動の基盤を築いてくれた。そのすべてに感謝している。ビッグ・シップの船長はいまも昔もフレディ(・マクレガー)で、このスタジオも彼の長年の努力によって作られたものだからね」。
ダニエル・マクレガーa.k.a.チーノ。誰もが認める現在のジャマイカNo.1プロデューサー・スティーヴンを弟に、歌姫・ヤシマベスを姉に持つ、マクレガー家の長男坊である彼は、偉大なる父・フレディが自身の代表曲から名付けたプロダクション・レーベル=ビッグ・シップをスタートさせる勝負年(84年)、そのまさに直前にこの世に生を受けている。そう、彼の存在は間違いなくフレディにとってのひとつの大きなモチヴェーションだったはず……なのだ。
しかしながら、父は子供たちに〈レゲエをやること〉を決して押し付けなかったという。それゆえか、ダニエルの本格的なキャリアはラッパーとしてスタートしており、その動きはトリック・ダディでお馴染みのマイアミの常勝軍団、スリップン・スライドへの加入にも繋がっている。しかしながら、そこで揉まれることでジャマイカンとしてのアイデンティティーを確認したという彼は、帰郷後、スティーヴンの制作によるデリー・ランクスとのコンビ曲“Red Bull & Guinness”(2006年)のヒットで再出発することとなった。
「ラッパーからダンスホールDJに転向したわけじゃない。いまのスタイルを〈DJ〉や〈シングジェイ〉と呼ぶ人もいるけど、自分ではチーノでしかないんだ。それよりもリリシストとして捉えられたいし、何よりアーティストだから」。
2007年11月に日本のみでリリースされたファースト・アルバム『Unstoppable』には、当時17歳という年齢に似合わない懐深い仕事ぶりとヒット・リディムの量産で〈ジニアス〉と呼ばれるようになっていたスティーヴンも当然ながら参加していたが、勝負作となるこのセカンド・アルバム『Never Change』では伸びしろ無限大の弟もそれ以上の働きを見せている。どちらもビッグ・シップ制作ではあるが、現在の同レーベルの2トップがその真価をフルに発揮した作品だけに、説得力が違うというものだ。ちなみに、昨年のシーンを代表するビッグ・チューン“Never Change”は、こんなふうに誕生したのだとか。
「ある朝、いつものようにスティーヴンがスタジオで出来立てのリディムを流しっぱなしにしていて、あのメロディーとリリックが同時に降りてきたんだ。瞬間的に〈これはイケる!〉と思ったよ」。
本作には、「自発的に日本語ヴァージョンも作った」という同曲の他にも、スティーヴンとマイクを交わすヒップホップ・テイストの“Protected”や、敵対する(?)ドン・コルレオーン軍団のアレイン(チーノとは昔からの親友)を迎えた“Me & You”、父と交流の深いサックス奏者のディーン・フレイザーが参加したコンシャス・チューン“Find It Hard”などここ1~2年のシングル・ヒットもしっかり網羅されていて、ヴォリューミーだが実にタイトな仕上がりとなっている。引き出しの多いフロウと、そこで必然性を持って展開されるリリック、そして鉄板級の相性を見せるスティーヴン製の黄金のトラック群(一部シェイン・ブラウンやセラーニによる曲もあり)、そのすべてがプラスに出た印象だ。
「音楽への愛が深いと日常生活のすべてが創作活動のモチヴェーションになり得る。そして、それまで見たことのない世界や景色を見ることで、また新しいアイデアや違うモチヴェーションも生まれるんだ。このアルバムは前作からの成長、成功、経験、学習、知識、自分の現在の思考がすべて詰まった自信作だ。まさに〈It's Me〉だね。そして、わが子のような作品でもあるよ」。
フレディにとっての大いなるモチヴェーションがその子供たちであったように、チーノ、そしてスティーヴンにとっていま現在の最大のモチヴェーションは、まさにこのアルバムなのだろう。
PROFILE/チーノ
83年生まれ、ジャマイカ出身のレゲエDJ。フレディ・マクレガーを父に持ち、7歳でステージ・デビューを飾る。高校の頃にサウンドシステム・クルーを結成。同時期にプロデュース業も開始する。卒業後はマイアミを拠点にカパチーノ名義でラッパーとして活動し、スリップン・スライドのツアーにも帯同。2005年に現在の名義に改名。翌年リリースされたデリー・ランクスとのコンビ曲“Red Bull & Guinness”を皮切りに、同曲をプロデュースした弟スティーヴンとのタッグでシングル・ヒットを量産する。2008年にファースト・アルバム『Unstoppable』を日本限定で発表。このたびセカンド・アルバム『Never Change』(Big Ship/ビクター)をリリースしたばかり。
カテゴリ : インタビューファイル
掲載: 2010年08月11日 16:33
更新: 2010年08月11日 16:34
ソース: bounce 323号 (2010年7月25日発行)
インタヴュー・文/二木 崇