Lew Soloff
半世紀を経て鮮やかに蘇る『スペイン』
大それた、と言われるのは百も承知。「本人が生きてたらオレだってやらなかったよ」と本作の主人公は語る。クインシー・ジョーンズのバンドの一員として、マイルスと同じステージに立ったことがあるルー・ソロフはこんな思い出話を披露してくれた。「リハーサルの最中だったんだが、マイルスはまだ来ていなかった。バンドの指揮をしていたギル・ゴールドスタインが『ルー、マイルスのパートを吹いてくれないか』って言うんだけど『絶対やらないよ!』って即答したさ(笑)」
そのルーがアルバム『スケッチ・オブ・スペイン』の全曲カヴァーに挑むという。言いだしっぺはハーモニー・アンサンブルを率いるコンダクター、スティーヴ・リッチマン。ギル・エヴァンスとマイルス・デイヴィスのオリジナル録音に参加していたトランペッター、バーニー・グロウの紹介でルーに白羽の矢が立った。ルーがその誘いにふたつ返事で乗っかったのは、「名作は演奏され続けてしかるべき」だと思うからだ。加えて、ニューヨークのヒット・ファクトリーというメジャースタジオで録音できるという。しかもギルが構想した通りの編成で。
「夢のようだったよ。バスーン、バスクラリネット、バス・フルート、アルト・フルートの入ったオーケストラ。それもニューヨークでも最高の演奏家を揃えて録音できるなんて、こんなチャンスないよ。音質もすごくいいしね。うちらの演奏がオリジナルと較べてどうかはわからないけれど、音質のクリアさという点ではオリジナルを凌いでるかもしれない」
もっとも、この一大プロジェクトの主役を務めるにあたって、ルーはモノマネは決してしないと心に誓っていた。マイルスの録音はもちろん長年にわたって聴きこんできたものだが、《アランフェス協奏曲》では、むしろ数あるギタリストたちの演奏を膨大に聴いたし、《Saeta》ではギル・エヴァンスがモチーフにしたと思われる歌手の録音を突き止めて参考にしたりもした。
「とはいえ一番心を配ったのは、自分の声でメロディを歌うということ。トランペットがただトランペットとして鳴ってるのはイヤなんだ。自分の声で歌ってるように演奏したかった。マイルスだってそうしたわけだろ?」
マイルスのスモーキーでアンニュイな演奏とくらべるなら、ルーの『スペイン』はぐっと伸びやかだ。マチートやティト・プエンテなどとの競演でも知られる芸達者が奏でる〈歌〉はキラキラして、いっそラテン的と言ってもいい。そこには強い日差しが照っている。そういえば、ノルウェーのトランペッター、アルヴェ・ヘンリクセンがマリア・シュナイダーと共に演じた『スペイン』には冬の木枯らしが吹いてたっけ。演奏する人によって、十人十色の〈スケッチ〉がある。『スケッチ・オブ・スペイン』が名作とされる所以は、そんなところにもある。曲とアレンジの懐の深さを改めて発見させてくれるのもカヴァーアルバムの価値に違いない。