インタビュー

吉松隆

ELP「タルカス」をオーケストラで!
────「オケでロック曲をカヴァーしたものを聴いて何度も失望してきた」


©Mainichi Shimbun

70年代プログレッシヴ・ロックを代表する名盤として聴き継がれてきたELP(エマーソン、レイク&パーマー)の2ndアルバム『タルカス』(71年)。そのアルバム・タイトル曲である《タルカス》組曲のオーケストラ版が話題を集めている。オケ・アレンジを施したのは、現代音楽作曲家の吉松隆。

これは元々、来年で創立百周年を迎える東京フィルの実験的コンサート・シリーズ『新・音楽による未来遺産』用に委嘱されたもので、今年3月14日、東京オペラシティで初演された。そして、その時に演奏された《タルカス》他、《アメリカRemix》(ドヴォルザークの弦楽四重奏曲《アメリカ》をピアノ協奏曲に編曲したもの)、黛敏郎の《BUGAKU》、吉松の《アトム・ハーツ・クラブ組曲第1番》のライヴ音源がCD『タルカス〜クラシック meets ロック』として7月にリリースされた。

件のコンサート・シリーズに向けて「本来オケ曲でないものをオケ用にアレンジしたり、普通のクラシック・リスナーが知らないような曲をやったりしようと思った」という吉松だが、ではなぜ、その目玉がキース・エマーソンの《タルカス》だったのか。

「僕は若い頃からプログレ・ファンでして。ELP《展覧会の絵》のように、クラシック曲をロック・バンド編成でやっていたけど、その逆もありなんじゃないかと昔から思っていた。歌詞はなくても、サウンドや楽曲構成だけをオケ的に解釈しても、かなり面白い曲なんじゃないかと。《春の祭典》は現代音楽だけどロック・リスナーにも面白く聴ける。《タルカス》もそれに匹敵するぐらいのレヴェルにある、オケ・ファン、クラシック・ファンにも是非とも知って欲しい名曲ですよ」

プログレに関しては、過去、ピンク・フロイドとかジェネシスとか、シンフォニック云々なるタイトルでずいぶんオケ・アレンジ曲が発表されてきたが、正直言ってほとんどがハズレだった。それは、何よりもリズム、ビートのキレの悪さ故である。オケでロックのビート感やスピード感を再現するのは所詮無理…と僕は思ってきたわけだが、しかし《タルカス》は見事に裏切ってくれた。確かに、ロックしているのだ。

「僕も最初は、レイモン・ルフェーヴルのようになるんじゃないかと言われた。まあ、普通に考えればそうなるのかもしれない。僕自身、オケでロック曲をカヴァーしたものを聴いて何度も失望してきた。やはり、ロック的ビートを出すためのノウハウ、コツが必要なんです」

ドラム・セットやシンセなどを使うことなく、オケの楽器の組み合わせだけで、原曲のビート感、ダイナミズムを再現、増幅するには、普通のオーケストレイションとは全く違うセンスが求められる。吉松がここで実証したのは、まさにそのセンスである。

編曲は、吉松が原曲から耳で起こした譜面を元に、構成も含めて“原曲そのまま”にこだわった。アドリブもすべて譜面に細かく書き込んだという。その忠実さが引き起こす迫力は、オケの場合は一際大きい。

「クラシックの演奏家はアドリブはできないけど、逆に、譜面がありさえすればどんな曲でも弾けるわけで、それがまた面白い。この編曲は、70年代ロックをリアルタイムで聴いた世代じゃなきゃ無理だし、しかも、クラシックだけやってきた人にもできないと思う。僕は幸い、最初からハイブリッドだったし、両方の仕事もやってきた」

高校時代から現代音楽の作曲を始め、並行してプログレも愛聴していた53年生まれの吉松は、20代には、松村禎三に師事する傍ら、プログレのコピー・バンドや、尺八や琵琶も使った邦楽フュージョン・バンドなどもやっていた。現代音楽作曲家としてようやく世に出たのは80年代前半である。

「なんでもかんでも手を出して、結局ものにならないと松村先生には思われたんじゃないかな。クラシックの世界では多様主義というスタイル。でも僕には当時から、クラシックの作曲家という意識はなかった。ポスト・ビートルズの時代にピアソラがタンゴやってジャズやってロックやってたように、フロイドのコピーやって邦楽フュージョンやってしかもオケ作品を書いていた」

それってもしかして、70年代から一貫して自分なりのプログレをやってきたということ?

「まさにそうですよ!(笑)。いろんな音を重ねて一つの音を作るという点で、オケは生身のシンセでしょう。改めてバンドをやるような協調性もないし、結局、オケを使って一人でプログレ・バンドをやる、という感じ」

そうなると、今回の仕事は、やるべくしてやったもの、やることが運命づけられていた作品、だろう。

「そうそう。40年遅れでやった感じ。本当は、デビュー作でやるべきだったかもね。やりたいことは、昔から一貫していた。ここまで時間がかかったけど、やっと原点に戻った気がしてるんですよ」

実はイエスもやってみたかったらしい。《ラウンドアバウト》とか《シベリアン・カートゥル》とか。オケを操る一人プログレ師、恐るべし。

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2010年10月05日 16:16

更新: 2011年02月18日 13:15

ソース: intoxicate vol.87 (2010年8月20日発行)

interview & text : 松山晋也