神尾真由子
神に選ばれし才能ならではの苦しみのプロセス
正直な人だと思った。語っていることに、アーティストにつきものの虚飾や嘘がないのだ。トーマス・ザンデルリンク指揮ハレ管との初顔合わせとなった今回の協奏曲の録音は、なかなか大変だったと率直に教えてくれた。
「指揮者はいわゆるロシアのお爺さんで割と気難しい。私と合わなかっただけじゃなくて、最後の方はプロデューサーと喧嘩しはじめた(笑)。私はなるべく他のことを考えるようにしていました。オケの人はすごく優しくて、結構サポートしてくれたけれど」
これまで共演した指揮者とも、実はほとんど「基本的には合わなかった」という。これは正直すぎるくらいにまっとうな意見かもしれない。通常、協奏曲はリハが少なく、指揮者と中身の濃い共同作業などなかなか実現しないのが現実。そうした条件下でもソリストは最大限の力を発揮しなければいけないものなのだ。
同じチャイコフスキー・コンクールのピアノ部門で最高位だったクルティシェフとのデュオ・リサイタル・ツアーもこの秋には予定されている。そこでも主要曲目であるチャイコフスキーは「唯一、昔iPodに入れて聴いていた作曲家」で「ベタなところが好き(笑)」。ちなみにこのツアーで自分から入れたいと提案して通った曲は「華やかで若々しい」R・シュトラウスのソナタだそうだ。チャイコと同録で入れたプロコフィエフについては「2番はよく弾いています。ちょっとエレガント。ロシアっぽくなりたくないんだろうなあ、この人って、と思う」。
7年住んでブロンに学んでいるチューリヒ音楽院については、「楽しくないです。クラスメイトと気が合わないから。先生とは2か月に1回しか会っていないし…」と正直に告白してくれた。だが、世代を問わずユダヤ人やロシア人の友達は多い。「ロシア人ぽいってみんなに言われます。弾き方も性格も。ロシア人の演奏家にロシア語で話しかけられたりします。ジュリアードも元をただせばガラミアンですから、私もテクニックはロシア。わからなくはないですね」
メニューインらの例を挙げるまでもなく、祝福された才能の持ち主であればあるほど、やがて成長するにつれて、スランプも経験し、時には音楽をやめようかという瀬戸際まで追いつめられるものだ。そして再び音楽のある場所に帰ってくる。その内面の苦しみはあまり知られることがないものなのだ。実は神尾もいまそういう段階にある。
最後に、今回の試聴盤を聴いた印象を。指揮者が頑固で衝突まで起こしたという録音のプロセスはどうあれ、やはりさすがプロの音楽家たちである。丹念に練られた細部によって、〈濃い〉音楽が充分にできている。トーマス・ザンデルリンクの重厚な風格ある棒のもと、ハレ管の各奏者の実力も高い。ただ、何度も聴いていると、そこに神尾の孤独な叫びが、小さくこだましているように、私には感じられた。
『神尾真由子&ミロスラフ・クルティシェフ デュオ・リサイタル』
10/29(金)青森市民ホール
10/31(日)横浜みなとみらいホール
11/1(月)富山県高岡文化ホール
11/3(水・祝)焼津市文化センター
11/5(金)日立シビックセンター 音楽ホール
11/6(土)福島市音楽堂大ホール
11/7(日)サントリーホール
11/9(火)ザ・シンフォニーホール
11/11(木)岩手県民会館中ホール
11/12(金) 山形県郷土館「文翔館」 議場ホール
11/13(土)可児市文化創造センター
11/14(日)長泉町文化センターベルフォーレ
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