インタビュー

長富彩

「キーシンのお嫁さんになりたかった!」

「私、ふだんはノーテンキで辛いことに遭遇しても辛いとは思わないタイプ。なんとかなると考えて乗り越えてしまう。でも、本質はネクラ。本番前は自分の演奏が聴衆にどう聴こえるかと考え悩み出すと、とことん悩む」

19世紀後半から20世紀初頭のピアノの黄金期と称される時代にはヴィルトゥオーゾ・タイプの作品が各国で誕生したが、それらの難曲を1912年製ヴィンテージ・スタインウェイで録音したピアニストがいる。長富彩、ハンガリーやアメリカで勉強した個性派である。彼女の話は非常にユニークで、居合わせた人がみな爆笑。ただしピアノに向かうと表情は一変、集中力がみなぎる。

「ピアノを弾くとふだん抑えていたものが一気に爆発する。いつもはみんなから宇宙人といわれ、変わっていると思われているけど、音楽では自分の本音や内面が素直に出せる。昔からロシア作品に魅せられ、今回のデビューCDも難曲といっても技巧を重視するのではなく、音楽でそのすばらしさを表現する作品を選びました。特に『イスラメイ』の東洋的な音楽に惹かれています」

東京音楽大学附属高校卒業後、ブダペストのリスト音楽院のレッスンのみのクラスに留学。ハンガリー人のジョルジュ・ナードルに師事し、基礎をみっちり学んだ。2年後アメリカに移り、ターブマン・テクニックを伝承するロシア系のエドナ・ゴランスキーに師事する。

「それまで低い椅子で弾いていたんですが、エドナ先生は私のからだを見て椅子を高くすることを提案。肩から腕、指先まで自然に力が落ちてくる奏法に変えられました。半年間はうまくいかず、毎日ビデオで自分の姿勢を映しながら練習。やがてマスターするとすべての音がとても楽に出せるようになり、特にトリルが変わりました。先生はすべての音に命があると考え、ゆっくりしたテンポで弾くという教え。いまではターブマン奏法の日本の第一人者になってくれといわれています(笑)」

アメリカではシカゴやニューヨークで演奏活動を行っていたが、ターブマン・テクニックを完全にマスターしていない時期に、ある演奏会で得意とするリストの《ラ・カンパネラ》で止まってしまうというハプニングが起きた。これまで経験したことのない大事件…。

「すごく悔しかったので、アンコールでもう一度、今度は思いっきり自由に同じ曲を弾いてリベンジしました」

今回のCDではこよなく愛するロシア作品のなかでも特別な存在と位置づける、スクリャービンの《幻想曲》を収録。「破滅的で劇的で絶望感あふれるところが大好き」だそうだ。ピアニストでは、子どものころからずっとキーシンの演奏に魅了されている。

「キーシンのLDを見てロシアに惹かれ、ロシア音楽、文学や土地にも魅力を感じるようになったんです。実は、キーシンのお嫁さんになるのが夢だったんですよ」

型破りの個性とピュアな演奏、新時代の逸材誕生だ。

『長富 彩 デビューリサイタル』

11/17(水)19:00開演 会場:浜離宮朝日ホール
2011年には全国30カ所でリサイタル実施予定!
http://www.ayanagatomi.com/

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2010年10月20日 12:35

更新: 2010年10月20日 12:40

ソース: intoxicate vol.88 (2010年10月10日発行)

interview & text :伊熊よし子(音楽ジャーナリスト)