BRIAN ENO 『Small Craft On A Milk Sea』
ブライアン・イーノと言えば、〈アンビエントの始祖〉みたいな感じで神棚に祀られるような扱いをされることも多い。しかし、ロキシー・ミュージックに始まり、デヴィッド・ボウイやディーヴォ、U2、コールドプレイまでを手掛けるロック的な側面もあり、オーヴァーグラウンドな部分とそれとは真逆な世界との振り幅の広さ、並列して活動しているところが彼のおもしろみでもあるかと。
近年では自身のヴォーカルをフィーチャーした2005年作『Another Day Of Earth』で円熟味を感じさせ、PCアプリケーション作品『77 Million Paintings』(2006年)での限りなく先鋭的なアプローチで驚かせてくれた。また、2008年の『Everything That Happens Will Happen Today』ではデヴィッド・バーンと久々に邂逅し、ロック/ポップスへの見事なアプローチを見せ、ひねた熱さでもってカッコ良くキメた御大である。そんな彼の新作は、何とテクノの老舗レーベルであるワープから! エイフェックス・ツインやオウテカといった、イーノに影響を受けたクラブ世代と同じフィールドでやるってところにも意気込みが感じられる。
「長きに渡って真の革新的音楽レーベルであり続けているワープから、この新しい音源をリリースすることになり、私はとても嬉しく思っている。私が何年もの間、聴き続け、賞賛してきた作品を生み出してきた多くのアーティストたちの仲間に加われることも嬉しく感じているよ」。
そのニュー・アルバム『Small Craft On A Milk Sea』は10年ぶりのインストゥルメンタル作品であり、即興的な要素をエディットした非常にスリリングでイマジネイティヴな内容となっている。参加メンバーはかねてより親交のあるギタリストのレオ・アブラハムスとエレクトロニカ系クリエイターのジョン・ホプキンス。イーノがキュレーターを務めた2009年の〈Luminous Festival〉、そして今年の〈Brighton Festival〉でもいっしょにパフォーマンスしている。
「ここ数年の間に私たちは数回に渡って共に作業をし、昨今音楽家が利用できるようになった音楽の新しい広大な領域を追求することを楽しんだ。このアルバムに収録された楽曲のほとんどは、クラシックな意味合いの〈コンポジション(作曲)〉ではなく、〈インプロヴィゼーション(即興)〉から生まれている」。
プロセスのなかで生まれたランダムなパーツを構成した楽曲は、アンビエントあり、リズミックなトラックあり。そしてそれらはメロディアスでもノイジーでもある。アグレッシヴな展開が十分に脳を刺激してくれるのだ。
「もしこれらの楽曲が映像のために使われたなら、その映像は映画として完成するだろう」。
また、「これもまた〈風景としての音楽〉なのだ」というレオ・アブラハムスの一言は、本作の真髄を言い得ているように思う。さらに、「私にとって、ブライアンとの音楽制作の経験を一言で表すなら、解放だ」と語るジョン・ホプキンスも、こう続ける。
「これらの楽曲にはある場所の感覚や神秘、そして異質さが備わっているように感じる。またそれらは、私たちそれぞれのどのスタイルとも似つかない、まったく新しい存在なんだ」。
この言葉は、クラブ・ミュージックをベースにしてきたワープというレーベルにとっても、本作がエポックメイキングなアルバムになるだろうことを表している。巨匠の止むことを知らない音楽探究活動は常に革新へと向かっているのだ。ブライアン・イーノの新章とも言えるこの発信は受け止めねばなるまいて。
PROFILE/ブライアン・イーノ
48年生まれ、UK出身のサウンド・クリエイター。71年にロキシー・ミュージックに加入。バンド脱退後の74年に初のソロ・アルバム『Here Come The Warm Jets』をリリース。その後も次々とソロ作を発表し、なかでもアンビエント音楽を提唱した78年作『Ambient 1: Music For Airports』が話題を呼ぶ。また、79年のコンピ『No New York』をはじめ、トーキング・ヘッズやデヴィッド・ボウイ、U2らを手掛けるなど、プロデューサーとしても活躍。2008年にはデヴィッド・バーンとのコラボ盤『Everything That Happens Will Happen Today』を発表。このたびソロ名義では5年ぶりとなるニュー・アルバム『Small Craft On A Milk Sea』(Warp/BEAT)をリリースしたばかり。
カテゴリ : インタビューファイル
掲載: 2010年10月29日 13:27
更新: 2010年10月29日 13:28
ソース: bounce 326号 (2010年10月25日発行)
構成・文/池田謙司