TAYLOR SWIFT 『Speak Now』
いますぐに申し出よ、さもなくば永遠に——成功の歓喜も、辛い記憶も、苦い涙も、すべてのドラマを歌に変える20歳、テイラー・スウィフトは沈黙しない
すべてを音楽という形で感じている
〈今回は本当にやらかしてしまったわね/危険な綱渡りでバランスを失って/それを取り戻そうとして、自分を見失ったあなた〉——このように切々と歌い出される“Innocent”を披露した時、彼女はようやくそれを乗り越えたのだろう。彼女はテイラー・スウィフト、そして〈あなた〉とはもちろんカニエ・ウェストのことだ。
一応記しておこう。2009年の9月、MTV 主催のVMAという晴れの舞台に初めて出演したテイラーは、最優秀女性ビデオ部門を“You Belong With Me”で受賞したスピーチの際に、泥酔気味で乱入してきたカニエ・ウェストにマイクを奪われ、〈君のも悪くないけど、ビヨンセのビデオが史上最高なんだ!〉と勝手に宣言されてしまったのだ。そうやってスピーチを汚され(その後で年間最優秀ビデオを獲得したビヨンセが自身のスピーチの時間をテイラーに譲っている)、満場の観客や視聴者の前で貶められた彼女は一気に〈悲劇のヒロイン〉として同情を集めることになる。そうでなくても2008年末にリリースされた『Fearless』はレディ・ガガやガンズ・アンド・ローゼズ、ニッケルバックらを押さえて全米チャートの頂点を11週も守り続け、翌年のUSで最大のセールスを上げたアルバムとなっていたのだが、そのハプニングによって彼女はさらにワンランク上の存在感を獲得したと言えるだろう。しかもその件を振り返ってか、彼女はこうも話しているのだ。
「私は曲を書くことで、自分の感情やフィーリング、人生で起こったことを乗り切っていくの。ソングライティングが私の避難手段になっているのね。自分ではその時よくわからない感情でも、ギターの元に帰ればそれを理解することができる。その出来事に対して自分がどんな気持ちなのか、それをどんなフレーズやトーンで表現して、どんなサウンドにするか、しっかり考えられるのよ。私はあらゆるフィーリングをすべて音楽という形で感じているような気がするわ」。
思えばジョー・ジョナスとの破局をスピーディーに歌に変えるなど、マイナスをプラスに転化してきた彼女にとって、VMAの件はいろいろな意味で恵みだったに違いない。ついでに言えば、ビヨンセはまた株を上げたし、謝罪と謹慎を経てキャリアに起伏を作ったカニエはさらに違うレヴェルでの期待を集めている真っ最中だ。そしてテイラーは件の歌を慈母のようにこう締めくくる——〈大丈夫、人生には辛いことが山積みよね/32歳になっても、まだ成長の途中だってこと/あなたがどんな人間なのかは、あなたが何をしたのかで決まるわけじゃない/あなたはいまも純粋無垢よ〉。すべてが完璧にうまく回っている。こういう神の采配を賜ることのできるアーティストなんて、そうそういるもんじゃないだろう。シンプルに言えば、テイラーはまた新たな絶頂期を引き寄せることに成功したのだ。そして、世界が見つめるなかで登場するのが今回のニュー・アルバム『Speak Now』である。
告白のようなアルバム
新作ではデビュー前からの後見人となるネイサン・チャップマンが引き続きプロデュースにあたり、ティーンにも目配せしたシンプルでポップなカントリー・サウンドを中心とする路線に変化はない。大きく変わったのは、これまで密接に共作していたリズ・ローズらソングライターの手を借りず、ついにテイラー自身が収録曲すべてを独力で書き上げたことだろう。
「全部の曲を書くって凄くエキサイティングなことよね。でも、〈今回は自分だけで曲を書いてやろう〉って壮大な計画があったわけではないのよ。ただ、真夜中に田舎にいたり、誰もいない時にアイデアが浮かんで書き上げた曲が多くなった。だから、振り返ってみると実現していた感じね」。
そんな経緯を言葉通り受け止めるかどうかはともかく……今作を「公開書簡や日記みたいなアルバム」と説明する彼女が、自分だけの言葉でハッキリと表現したいという意志を抱いていたのは間違いない。
「アルバムには共通のテーマやコンセプトがあるわ。タイトルの『Speak Now』は、結婚式で司祭さんが言う〈If anyone thinks these two shall not wed, speak now or forever hold your peace〉という言葉にインスパイアされているの。というのも、すべての曲を通じて私は特定の誰かに話しているから。彼らが私の人生に与えた影響、彼らと出会ったり別れたりして感じたこと……本人たちも知らなかったことをここで伝えているの。これは凄く告白的なアルバムなのよ」。
彼女のいう言葉は、〈この結婚に異議のある者はいますぐに申し出よ。さもなくば永遠に沈黙せよ〉という教会婚での決まり文句。昨年から今年にかけて、「トワイライト」で知られるかつての共演者テイラー・ロートナーや、「GREE」で人気のコリー・ モンティスとの熱愛や破局が取り沙汰されてきたが、もちろんテイラーが沈黙するはずもないってことだ。フィクション的なラヴストーリーのなかに「何度恋愛で失敗しても、そのサイクルを打ち破ってくれる相手を見つけられる」という願望を託した先行シングル“Mine”など恋愛の幸せな側面を描いた歌も多いが、彼女らしさが全開になるのはやはりドロドロ路線(?)のナンバー。9月から12月までの交際相手(ロートナーだろう)を傷つけた後悔を歌う“Back To December”をはじめ、〈私はあなたが操るチェスの駒/なのに毎日ルールは変更される/電話の向こうにいるのは、どのヴァージョンのあなたなんだろうって思っていたわ〉と19歳の自分を弄んだ〈ジョン〉に呪いを吐く“Dear John”、彼氏を奪おうとする女のビッチな本性をほのめかす“Better Than Revenge”など、えらく具体的なテーマの楽曲が並んでいる。そうしたナンバーのひとつひとつが、また多くのリスナーたちの共感を集めていくであろうことは想像に難くない。
10歳でフェイス・ヒルに憧れてカントリー・ソングを書きはじめ、11歳の春休みに母親の運転するレンタカーでナッシュヴィルのレーベルにデモを配って回ったというテイラー。やがてソニー/ATV出版と作家契約を結び、14歳でナッシュヴィルに移住して研鑽を積んできた彼女は、決してラッキーなポップ・プリンセスなんかじゃない。このガッツに溢れた逞しさがある限り、彼女は何度でも身を削るようにして、また新しいドラマを歌い続けてくれるはずだ。
▼テイラー・スウィフトのアルバムを紹介。
左から、2006年作『Taylor Swift』、2008年作『Fearless』(共にBig Machine)
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カテゴリ : インタビューファイル
掲載: 2010年11月10日 17:59
更新: 2010年11月10日 18:23
ソース: bounce 326号 (2010年10月25日発行)
構成・文/出嶌孝次