大貫妙子
盟友・坂本龍一と二人きりで挑んだ、シンガーとしての新境地
大貫妙子と坂本龍一。70年代から数多くの共演をこなしてきた二人のマエストロが、改めて真っ直ぐ向かい合う。坂本のオリジナル曲や、過去に坂本が大貫に提供した楽曲を、大貫の歌声と坂本のピアノだけで綴った新作『UTAU』は、大貫にとっては新たな挑戦だった。
「これまで必死で曲を書いてきたんですけど、最近、オリジナルに固執しないで、もっと自由に仕事しようと思うようになってきたんです。歌詞は譲れないところはあるんですけど、曲に関しては自分より素晴らしいメロディ・メイカーはいるし、そういう人のメロディに歌詞をつけて歌えばいいじゃないかって。それで誰の曲をカヴァーするか考えた時、坂本さんしかいなかった」
もともと歌うことを前提としていない曲に、歌詞をつけて歌う難しさはもちろんのこと。それ以上に、原曲のイメージを歌詞という形で大貫流に解釈するのは、かなりデリケートな作業だったに違いない。
「曲に対するイメージは聴く人それぞれにあると思うんですけど、曲が持っている品というか、そういうものは壊さないように心掛けました。坂本さんの曲が持っている眺めというか世界が複雑なので、単純なラヴストーリーみたいな歌詞にはならないんですよね。だから、歌詞のイメージも複雑になっていくんです」
そんななか、坂本の「メロディに呼ばれて」ストレートな言葉で歌詞を綴ったのが、本作のために書き下された新曲《a life》だ。〈汗をながそう ごはんを食べよう〉といった、日常に根差した歌詞が印象的だ。
「アコースティックなピアノのアルバムなので、美しいメロディでくるのかな、と思っていたら、ずいぶんポップな曲でびっくりしたんですよ。レコーディングの二日前になってもなかなか歌詞ができなくて、悩んでもしかたない、いま自分が大切に思っていることをストレートに書こう、と思ってこういう歌になりました」
そして、坂本とのレコーディングは大貫にとって特別の体験だった。なにしろ二人は、歌手と伴奏者ではなく、ともに〈歌う(UTAU)〉共演者なのだ。
「これまでは自分のベストの歌い方があって、そこに伴奏者がついてきてくれたんですけど、今回は私が先走ってしまうとバラバラになっちゃうんです。あっちはあっちで歌っているわけだし。だから私は、坂本さんに乗っかりつつも、自分の歌い方はしっかり守らないといけない。その間で、ずっと揺れていて大変でした」
また一日中、歌い詰めだったりと、大貫にとっては「歌手としてかなり鍛えられた」アルバムだったらしい。でも、大貫いわく「こうでもしないと自分に対して発見がないから。歌って自分を育てるものなんです。ここで頑張っておけば、あと5年は大丈夫(笑)」
手塩にかけて自分の歌を育て、歌に育てられてきたシンガー。そして、ここに美しく鍛えられた歌がある。