インタビュー

Sergey Schepkin

「バッハは本能に基づいて弾いています」

2007年の初来日公演で創造力とひらめきに満ちたすばらしいピアノを披露して以来、セルゲイ・シェプキンの評価は高まるばかり。つい先ごろ13年ぶりにJ.S.バッハの《ゴルトベルク変奏曲》の再録音をリリースして世界に衝撃を与え、11月の来日公演では《熱情》と《展覧会の絵》をメインに据え、斬新な解釈を展開した。

「初めてバッハを弾いたのは6歳のとき。《メヌエット》ニ短調でした。あまりに美しい曲で、泣きだしたのを覚えています。以後、バッハのさまざまな作品を演奏し、そのつど多くのインスピレーションを得ています」

ロシアでは、子どものころからバッハを徹底して学ぶよう教育の基礎が組まれている。

「バッハの作品は音楽家の魂と耳を養う。対位法によって書かれているため声の対話を聴き取ることも学べ、さらに1本1本の指の独立した練習にもなります。特に《平均律クラヴィーア曲集》のフーガが正しい奏法に導く」

ロシア時代の17歳のころ、名手として名高いグリゴーリ・ソコロフに師事し、多くのことを学んだ。

「すごくきびしいレッスンで、いつも恐れおののいていました。いま教える立場になったとき、私は生徒に恐怖心を与えないようにしています(笑)。当時私はまだ若かったため、ソコロフの教えが十分に理解できませんでしたが、いまになると非常に心に残ることが多い。音楽家は何を考え、何を作り出すことが大切なのかを教えてくれました。20年前にボストンに移ってからラッセル・シャーマンに師事しましたが、彼の教えは生徒ひとりひとりの個性を大切に、その生徒のベストを引き出すこと。その基本精神が私の糧となり、支えにもなっています」

シェプキンの再録音した《ゴルトベルク変奏曲》は、装飾音やつなぎの音が多く組み込まれ、彼ならではの個性的なバッハを形作り、非常にインパクトが強い。

「私は常にバッハは本能で弾いています。装飾音やつなぎの音も、ある程度は即興的に入れますが、ほとんどは頭のなかで組み立てられている。それをそのときの感情の赴くままに自然に奏でていくわけです。この作品を演奏する場合、私の脳裏には時折故郷のサンクトペテルブルクの壮大な建物が浮かんできます。あの町は決して人間が住みやすい規模ではなく帝国の威信をかけて建造されましたが、とても印象深い。建造物から想像力をかきたてられ、それが私の場合はバッハへとつながる」

大変な読書家。あらゆるジャンルの書物を読み、言語にも興味を抱く。いまは時間が許す限りさまざまな言語のネット記事を読み、その相互関係を探っている。

「幼いころに師事したアレクサンドラ・ズコウスキーは、自分の音を見つけろといい、長時間同じ音を弾く練習をさせられました。その訓練が心に焼きつき、バッハの音ひとつひとつにこだわり、細部まで追求していく。私にとってピアノの音は人間の声、魂の叫びなのですから」

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2011年01月13日 19:29

更新: 2011年01月13日 19:37

ソース: intoxicate vol.89 (2010年12月20日発行)

interview & text : 伊熊よし子(音楽ジャーナリスト)