Diana Panton
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「Life is too short for bad tunes(悪い曲を聞いていられるほど、人生は長くない)」
──カナダ出身の歌姫のセカンドは〈ピンク(新しい恋)〉がテーマ
カナダ出身者だからといって、そこに明確で具体的な〈カナダらしさ〉を探しだすのは難しい。ちょっとひんやりしていて、クリーンだよね、てなことをざっくり言ってみたとしても、手持ちの情報にもとづいた印象の域を出ない。カナダ的、といって誰かの作品を規定することにはたぶんあまり意味はない。とはいえ、近年のカナダ出身のアーティストの活動の目覚しさときたらどうだ。アーケイド・ファイアから、ファイストから、ケイナーン、ドレイク、ニッキー等々、インターナショナルなマーケットにおける〈カナダ人〉の存在感には独特の光の放ち方があるように思える。本作の主人公ダイアナ・パントン嬢に、まずはその辺のことをぶつけてみた。
「多くのカナダ人アーティストが国際的に認知されていくのを見るのはとても嬉しいことね。カナダ人はいつもできるだけオープンで、人と違っていることに対しても寛容でありたいと思っているの。そういう気質があるからこそ、今世界で活躍しているアーティストはみんな個性的であることを恐れることなく、自分だけにしかない〈声〉を持てるのだと思う。みんな唯一無二の自分らしさっていうものを追及していて、だからこそ世界的にも認知されるんじゃないかしら。だって、誰しもみんな〈自分らしさ〉を探して生きているわけでしょ」
日本でも話題になった前作『ムーンライト・セレナーデ~月と星のうた』において、清潔感あふれる歌声でジャズファンをうならせた、オンタリオ出身の期待の歌姫は、自負をこめてみずからの出自をそんなふうに語る。ただ、彼女がここでいう〈個性〉を、〈我の強さ〉みたいなものと誤解されては困る。彼女の歌はそんなものとは程遠い。彼女にとっての〈自分らしさ〉とは、メロディや歌詞の世界に誠実に寄り添うところにある。聞けば、彼女の座右の銘は、"Life is too short for bad tunes(悪い曲を聞いていられるほど、人生は長くない)"なのだという。
「これを言うと、いつも笑われるんだけど(笑)。でも、私の考え方をかなり正確にまとめてくれていて、だからこそ歌う曲を選ぶことにはとっても神経を使うの。メロディと歌詞がともに十分な強度をもっていて、その強度がなかったら、それにかかわっているヒマはないという感じね。実際アルバムの制作過程で一番苦労したのは、選曲だったと思う」
前作では月と星をテーマにした曲ばかりを歌った彼女は、今作では〈ピンク〉をテーマに15曲(国内盤はプラス1曲)を厳選し、1枚のコンセプトアルバムをつくりあげた。
「ピンクというのはつまり〈新しい恋〉のこと。恋に落ちて、彼との新しい暮らしを夢みて、ときにこれが本当の愛なのかを疑ってみたり、そうこうするうちに彼に告白されて天にも昇るような心地になって……と、そんなストーリーになるようにアルバムを構成したの。曲はジャズを聴き始めたころから大好きなものばかりなんだけれども、もっと若い女の子が歌ったほうがいいような曲もなかにはあるから、やるなら今だなと思った」
恋がはじまった瞬間からはじまる、嬉しくも恥ずかしい、そわそわした気持ちをダイアナは、はしゃぐでもなく、蓮っ葉にかまえるでもなく、絶妙なコントロールをもって描き出していく。そこに、彼女の長年にわたっての恩人であるベテラン・ピアニストのドン・トンプソンが操るヴィブラフォンや、ギド・バッソのコルネットやフリューゲルホーンが、上品な色彩をまぶしていく。本作におけるピンクはフラットな単一色ではない。もも色、さくら色、ばら色、さんご色、とき色……アルバムを通してピンク色は、繊細なグラデーションを描きながら、刻々と表情を変えていく。
ダイアナは、どの曲を選ぶかを最終決定する前に、必ずその曲を〈生きてみる〉のだという。それが具体的に何を意味するのかは聞けなかったが、彼女なりに歌の主人公になりきってみるということだろう。歌の表層をなぞるのではなく、内側から歌のかたちを調えていくといった感じだろうか。たしかにそうなのだ。一聴したかぎりにおいては、彼女の声は、すぐさまそれとわかる個性や情念を発してはいない。しかし、聴きこめば聴きこむほど、そして、彼女が綴ったストーリーに同調していけばいくほど、彼女の声の表情や息遣いはリアルなものとして迫ってくる。
現在でもパートタイムで大学でフランス語を教え、ヴォルテールとサルトルをこよなく愛するという才媛は、そのさりげない知性と奥ゆかしい歌心を身上とする。個性的であろうと肩肘を張らないところに、彼女の個性がある。作品を覆う独特の清潔感はそんなところにも起因するのではないか。
仕事を通じて出会って、最初はなんとも思わなかったのに、だんだん気になって仕方がなくなってきた。彼女の歌は、そんなありふれた恋のシチュエーションがよく似合う。とりたててドラマチックでもないし、ありふれてはいるけれど、本人にしてみれば恋はいつだって至上の恋だ。世界にひとつとして同じ恋はない。あなたの恋こそが、あなたの個性なのだ。ダイアナの声は、そんなふうに聴き手の心をそっと後押ししてくれる。