インタビュー

David Greilsammer

タンスマン、ブーランジェ、ガーシュウィンを繋ぐ〈物語〉

2008年にモーツァルトのピアノソナタ全曲を1日で演奏するという快挙を成し遂げたデイヴィッド・グレイルザンマー。このままモーツァルティアンとして活動を続けていくのかと思いきや、なんとタンスマンとナディア・ブーランジェの秘曲を世界初録音した最新盤を発表した。まずは前者の《ピアノ協奏曲第2番》について。

「2007年にドイツの放送局の企画で弾いたのが最初です。日本ではタンスマンが1933年に弾いたんですってね。じゃあ、ぼくの演奏はそれ以来かも(笑)。実を言うと、それまで曲のこともタンスマンのことも、ほとんど知らなかったのです。タンスマンの曲は非常に高度な超絶技巧を要しますが、プロコフィエフやラヴェル、ラフマニノフなど、同時代の作曲家の影響が凝縮されています。友人だったガーシュウィンのジャズの影響も聴こえます。埋もれたままにしておくには惜しい作品です」

いかにも才気煥発という感じの軽快なタンスマンに対し、ブーランジェの《幻想曲》はロシア風の重厚な作品。コープランド、ピアソラ、グラスを育てた、あの〈名教師ブーランジェ〉とは思えない作風に面食らってしまう。

「ブーランジェというと、新しい作曲家を育て上げたイメージが非常に強いですが、彼女自身の作風は、実は伝統に深く根ざしていたのだと思います。あるセクションでは(彼女が師事した)フォーレを彷彿とさせますし、特に濃厚なのはワーグナーの『トリスタン』の影響ですね。彼女の時代、いかにワーグナーが圧倒的な存在感を持って音楽界を支配していたかを示す例証でしょう」

実は彼自身、ブーランジェの〈孫弟子〉にあたる。

「ジュリアード音楽院の作曲と対位法の先生が、ブーランジェの弟子だったんです。その先生を通じて、ブーランジェ独特の譜読みの方法を教わりました。ジュリアードに行く前に通っていた音楽院では、伝統的な楽曲分析しか教えてくれませんでしたが、ジュリアードの先生に教わってから、楽譜の見方が180度変わったんですよ」

アルバムの最後には、タンスマンの友人にしてブーランジェに弟子入りを断られた(!)ガーシュウィンの《ラプソディ・イン・ブルー》が収められている。

「1920年代の音楽界を俯瞰するような、ある種の〈物語〉でアルバムを構成したかったんです。この人とあの人が繋がっている、という風にね。ただし、ガーシュウィンの演奏は普通の〈ジャズ〉にはしませんでした。テレビでしょっちゅう流れている曲ですからね、ありきたりの演奏をしても、まったく意味がありません」

演奏曲目や解釈に見られる強い自己主張は、母国イスラエルでの徴兵体験の影響も大きいという。

「数年に及ぶ兵役を通じて、なぜ自分は音楽をするのか、自分の運命とは何か、それを深く考えるようになりました。モーツァルトの全曲演奏が出来たのも、おそらくそうした体験を通じて強くなった自分がいるからでしょう」

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2011年01月26日 21:14

更新: 2011年01月26日 21:24

ソース: intoxicate vol.89 (2010年12月20日発行)

interview & text :前島秀国(サウンド&ヴィジュアル・ライター)