インタビュー

Paul Lewis

どうしてシューベルトを愛さずにはいられないのか?

ポール・ルイスは1973年リヴァプールの生まれだが、名門FCの不調をとくに嘆きもしない。サッカー好きの父と違い、少年は熱心にレコード・ライブラリーに通った。「自分で発見したんだ、これが僕の聴きたい音楽だって。家にはない音楽だったからかな。やがてピアノを弾くようになったけれど、音楽家になる決心なんてしたこともない。これが自分のやりたいことだとわかっていただけ」

シューベルト、ベートーヴェンのソナタ・チクルスで躍進し、昨夏のBBCプロムスではベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲を演奏するなど、いまではイギリス期待の星となった。新たな取り組みは3年にわたるシューベルト・チクルスで、日本では王子ホールが全5回の舞台となる。

「シューベルトの内に入っていくには、長い時間がかかる。作品に向かうたび、異なる階層や方法が、異なるバランスでみえてくる。すべてが変容し、同じところに留まるものはひとつとしてない。だからこそ僕は魅力を覚える」

10年前にはソナタの全曲演奏に臨み、【ハルモニア・ムンディ】での最初期の録音にもその成果の一部を刻んだ。「今回のチクルスでは1822年以降のピアノ独奏曲をすべて採り上げ、少し幅を広げて臨む。その冬にシューベルトは梅毒と診断され、死とともに生きることになる。それ以降、彼はますます独自の方法を見出していく。居心地がよく、驚くほど美しい典型的なシューベルトの魅力、暖かく、踊るような、親密な性格にも変化がみられ、いっそうの深みや暗さ、絶望、恐怖、ノスタルジーが現れてくる」

ベートーヴェンへの取り組みを経て、シューベルトが恋しくなった、とポール・ルイスは明るく笑う。「私の心にもっとも近い作曲家の一人だから、いつもシューベルトに帰ってきたくなるし、たぶん10年経ったらまた同じような取り組みをすると思う。10年前のソナタ・チクルスで、私は良い時間を楽しんだが、しかしどこか未完成の仕事であると感じていた。もっと探るべきなにかがあると」

このチクルスからは最初の2回のプログラムがCD化され、マーク・パドモアとの歌曲集もリリース。夏にはベートーヴェンの《ディアベッリ変奏曲》が発売される。その先にはモーツァルトの協奏曲集の録音も検討中だという。

「ベートーヴェンと違って、シューベルトは決して答えを出さない。問いかけを次々に重ねて、私たちを熟慮に置き去りにする。だから、自らの精神に問いかけ、どこかへ出て行くしかない。シューベルトにおけるすべてのことは、私たちがどう存在し、どう感じているかに関係している。ブレンデルの言葉を借りれば『シューベルトは夢遊病のように歩く』。音楽がそれ自体で生命をもつように進む。特定の性格やメッセージというのではなく、3つの感情が同時にあって、互いに光を当てている。その多義性のなかで、バランスを見つけ出すのは困難な挑戦でもある。とにかく大好きな音楽だから、どうして僕がこれほどまでに愛しているのかを示したい。そうできるように努力するよ」

『ポール・ルイス シューベルト・チクルス(全5回)』
Vol.1  4/21(木)
Vol.2  7/1(金)
Vol.3  12/8(木)
19:00開演
会場:王子ホール(東京・銀座)
http://www.ojihall.jp

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2011年03月01日 18:18

更新: 2011年03月01日 18:25

ソース: intoxicate vol.90 (2011年2月20日発行)

interview & text : 青澤隆明