上原ひろみ
上原ひろみの新バンドが、ついにスタート!
──『ヴォイス』、そのタイトルが指すのは「人の心の声」
上原ひろみの新バンドが、ついにスタートした。09年と10年のアルバム・リリースは、ソロ・ピアノ作『プレイス・トゥ・ビー』、そしてスタンリー・クラークがリーダーとなる2作品。自己バンド作としては、2年ぶりのものとなる。
「デビュー作『アナザー・マインド』を出したあと、2枚トリオ作を出し、ソニックブルーム(ギタリストのデイヴィッド・フュージンスキーを入れたカルテット)でも2枚出して、そして、ソロで作って。次のことをやろうと思ったのが、これです」
トリオ編成。メンバーはアンソニー・ジャクソン(電気ベース)とサイモン・フィリップス(ドラム)という、百戦錬磨の熟達奏者たち。このバンドを、彼女はトリオ・プロジェクトと名付けている。
「直感で付けました。さんざんトリオというのはやられてきていますが、きちんと腰を据えてトリオという編成と向き合い、攻略していきたいという思いが、こめられていますね。これは、一大プロジェクトだぞと(笑)」
現在の彼女が声をかければ、殆どの人が首を縦にふるだろう。そうしたなか、なぜ、協調者はこの二人だったのか。
「アンソニーとはデビュー作と2枚目に入ってもらっている仲で、ちゃんと一緒に1枚フルで作りたいなあと思っていたんです。それで、このタイミングだと思って彼にお願いしました。それで、ドラムは誰にしようかとなったとき、アルバムのコンセプトとか、曲の流れを詰めて行く段階で、欲しい音が明確になっていって、その音を持っているのがサイモン・フィリップスだったというわけです」
英国出身(LA在住)でロック畑で名をなしたサイモンとは面識がなかったが、ジェフ・ベック絡みの物とか、彼自身のプロジェクトやTOTOでの演奏など、彼女はサイモンの演奏にいろいろ親しんでいたそう。そして、彼と一緒に仕事をしているスタンリーやアンソニーにも相談し、「(彼を起用することについて)背中を押してもらった」とか。そういえば、サイモンの97年作『Another Lifetime』にはアンソニーが参加している。
上原ひろみはきっちりとテーマやストーリーを組み立ててアルバム制作にあたる作り手で、それは新作も例外ではない。『ヴォイス』は、「人間の深層心理というか、声をテーマにした作品にしようと思ったんです。そこから、トリオ作品で作るということが、決まりました」
そして、そうした題材が出てきた背景を、こう語る。「毎日ツアーですごい移動し、人の感情にいつも触れながら生活しているわけです。ライヴ会場ごとにお客さんの心に触れますし、お客さんが帰った後にガランとなった会場を見るとまた違う感情を覚えますし、イヴェンターさんやそこで仕事をしている人達との交流もあります。いろんな街でそれぞれに出会いと別れがあって……、ほんと毎日毎日、〈男はつらいよ〉みたいなのがあるんです」
日々の人々との出会いで得た思いが引き金となった『ヴォイス』、そのタイトルが指すのは「人の心の声」……。レコーディングは11月に行われたが、夏から3人は数度集まってじっくりとリハーサルをしている。
「録音のときに楽譜を渡して『せーの』でやったわけではなく、ちゃんと練習を積んでいます。リハーサルでは、ここはこういう感じのグルーヴがほしいとか、ダイナミクスのこととか、すごく細かく指示しましたね。それで、スタジオに入る時は、ほとんどライヴに近い状態でできました」
そんな手間と時間をかけたゆえの、細心にして大胆なトリオ表現。ヴァイタルなリズムを得て、上原はピアノで思うまま歌い、人間がいる数多の情景を描こうとする。ハネ物が中心となるなか、ピアノ・ソロ曲も一つ。また、自作曲が並ぶなか、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第8番第2楽章も取り上げてもいる。
「《悲壮》という曲で3楽章あるんですが、1と3は絶望的な曲じゃないですか。でも第2楽章は、すごく救いの手を差し伸べる雰囲気があるなと、ずっと思っていたんです。それで、『ヴォイス』全体を通して一つの小説や映画のようになっていますので、気持ちを浄化していく意味合いで、映画のエンドロールのように入れたかった。誰か、映像を作ってくれないかなと思っています。全曲に(笑)」
対話するトリオによる、私の考える、いや上原だけの、雄弁なピアノ・ミュージック。指使いのマジックの二乗三乗は超然と実を結び、もう一つの情感や機微を聴き手に鮮やかに与える。
「ジャンルというものにこだわったことはありません。ジャズと呼んでもらってもいいし、ロックと思ってもらってもいいし。それは、聴く人次第。ただ、大切にしたいのはインプロヴィゼイション。それは自分の中にある大きな核であり、だからこそ、その瞬間にしか生まれないものを捉えたいという気持ちを、私は持っています」