MARSHA AMBROSIUS 『Late Nights & Early Mornings』
リヴァプール発、フィラデルフィア経由、カリフォルニア途中下車、そして……夜と朝の間をセンシュアルに滑り抜ける才女が、いよいよ新しい旅へと踏み出した!
ネオ・フィリー・ムーヴメントを盛り上げた女性デュオ、フロエトリーの〈ソングストレス〉ことマーシャ・アンブロウジアス。ひと足先に元相棒のナタリー・ステュアートがフロエシスト名義でソロ作を発表したのに続き、初のソロ・アルバム『Late Nights & Early Mornings』をリリースしたマーシャは、2006年末のデュオ分裂以降、〈この日〉が訪れるのを心待ちにしていたという。10年前にマイケル・ジャクソン“Butterflies”の共作者として注目を浴びた英国出身の女性はいま、亡きポップスターへの愛と感謝を込めながら新たな門出を迎えた。
「キャリアの初期にマイケル・ジャクソンと仕事ができたことが私の名刺代わりになったわ。“Butterflies”は、私がフロエトリーのアルバム用にデモとして録っていたものと同じようにマイケルが歌いたがって、私に歌唱指導を求めてきたの。すごく光栄だった」。
今回のソロ作にはボーナス音源として、自身が歌う同曲の、弾むようなビートが心地良いリミックスを収録。また、マイケルのために書いたとされる“I Want You To Stay”では、“Human Nature”に登場するマイケルの繊細な泣き節を真似て故人にオマージュを捧げている。一方、リッチ・ハリソン制作の表題曲はプリンス好きでもあるマーシャらしい殿下風の忍び寄るようなスロウ。これらを含め、全体に通じているのはシェイプアップしたボディさながらのセクシーでエレガントな雰囲気で、そこを自在に泳ぎ回る、しなやかで情熱的な美声が胸を打つ。
「アルバムのタイトルは、朝早く仕事をしたり、夜遅くまで仕事をするミュージシャンのライフスタイルを表しているの。それに私の声は官能的で魅惑的なムードがあるから、これをひとつのタイトルに結びつけたかった。官能的で正直で感動的で音楽的でソウルフル。ふたりの男女が出会い、恋に落ち、喧嘩をして、別れて、寄りを戻そうとして……といったストーリーを綴っているの」。
フロエトリー時代からの付き合いとなるドレ&ヴィダルも制作に関与した本作は、彼女が住むフィラデルフィアらしいジャジーな薫りも立ち込める。ちなみに、フロエトリー解散後に在籍したアフターマスで作っていたアルバムは「かなり実験的でヒップホップ志向だった」(当時彼女は『Neo Soul Is Dead』というGファンク志向のミックステープも発表)ようで、自分らしさは発揮できなかったという。結果、以前から裏方仕事などを通して懇意だったJと契約し、「ありのままの自分になって作ることができた」のが今回のアルバムだそうだ。アリシア・キーズの『As I Am』制作時にアリシアと共作し、「10分で完成した」というジャジーな“With You”も、いま思えばマーシャとJを結ぶ一曲だったのだろう。
アルバムに先駆けてシングル発表されたのは“Hope She Cheats On You (With A Basketball Player)”と“Far Away”の2曲。マーシャ自身の辛い恋愛体験をベースにしながら、前者ではユーモラスに、後者ではシリアスに語るリリックが印象深く、彼女のソングライターとしての非凡さも伝えている。特に“Far Away”では、「最後のヴァースで、友達が自殺未遂をしたことを知るという恐怖を歌ったの。私が音楽でそういった問題を語って皆の意識を高めることができるなら、それは本望だと思った」と硬派な一面も見せる。また、ローリン・ヒルがサントラ『Surf's Up』で披露していた“Lose Myself”と、母国でファンだったというポーティスヘッドの“Sour Times”を自分なりに色付けして歌うセンスも秀逸。特に前者は、賑々しいオリジナルをソフトで落ち着いた雰囲気にした名カヴァーだ。
「愛のなかで自分を見失うのがどんな感じか、私は女性として理解できたの。ローリンの歌詞を聴くと、とにかくディープ。レコーディングに最も時間のかかった曲のひとつで、完成までにスタジオを数回往復したわ。……ここで歌われているメロディーや感情は、実際に私の心、ソウルから滲み出してきたものなのよ」。
これぞソングストレス。その第2章は晴れやかなスタートとなった。
▼フロエトリーの作品を紹介。
左から、2002年作『Floetic』(Dreamworks)、2005年作『Flo'Ology』(Geffen)、マーシャと袂を分かったフロエシストの2010年作『Floetic Soul』(Shanachie)
▼関連盤を紹介。
左から、“Butterflies”を収めたマイケル・ジャクソンの2001年作『Invincible』(Epic)、“Lose Myself”を収めた2007年のサントラ『Surf's Up』(Columbia)、“Sour Times”を収めたポーティスヘッドの94年作『Dummy』(Go! Discs)
- 次の記事: その実力を証明するマーシャの裏方仕事
カテゴリ : インタビューファイル
掲載: 2011年05月10日 21:36
更新: 2011年05月10日 21:49
ソース: bounce 330号 (2011年3月25日発行)
構成・文/林 剛