インタビュー

Russell Watson

困難を乗り超えて得たものは、歌う喜び、生きる喜び

©Simon Fowler

今から10年ほど前、デビュー・アルバム『ザ・ヴォイス』がUKヒットチャートの1位となり、一躍スポットライトを浴びたワトソン。のびやかな高音と軽やかな声で、オペラからポップスまで歌うクロスオーバー・テノールとして大人気になった。しかし人気絶頂の2004年、ある不幸が彼を襲った。ポリープが見つかり、喉の手術を受けたのだ。回復したのも束の間、2年後には脳腫瘍で入院。手術して回復したものの、また再発。3度の危機を乗り越えて、2010年みごとに奇蹟の復活を遂げたのだ

「この10年、極端にハイな部分とローな部分を経験しました。でも両方あったから、いまの自分がある。アーティストとして成長しただけでなく、人間的にも成長できたと思います。 2度にわたり、死ぬかもしれない恐怖を経験し、前にあるハードルを一つ一つ乗り越えてきた。その努力がいまようやく報われたと感じています」

リリースされた新しいアルバムはイタリアがテーマ。テノールの名曲や名歌手マリオ・ランツァの愛唱曲も入る。

「録音が待ちきれないほどでした。どこで録音するかと考えて、やっぱりローマ。オーケストラもローマ・シンフォニエッタ。最初に《アリヴェデルチ・ローマ》のサンウドを聴いた時、素晴らしくて鳥肌がたちました」

たび重なる困難を克服した後は、歌い方も歌に対する考えも、人生に対する考えも大きく変わったという。

「以前はステージで歌うだけということもあったけど、いまはステージに立つことが生きることだと強く感じます。スピリチャルな部分も強く感じるようになり、歌は声を出すだけではなく、心と精神によって表現されているのだと分かりました。ライトを浴びた瞬間、自分はここに生きているのだ、この感情をもっと多くの人に伝えたいと思いました。歌うことは喜びで、歌う喜びをいま感じている。それをお客様にも感じて欲しいんです」

「まるで仏教か禅みたいでしょう?」と笑いながら、ワトソンは確信に満ちた言葉で人生観を語る。

「人生ってほんとにそんなものだと思うけど、どんなネガティヴな経験でもポジティヴに変えることができる。そうやって人生を乗り越えていくことが人間であり、それが自分を創っていくことなのだと思います」

新しいアルバムでは、声の表現の幅が広がり、歌い方が深くなり、ニュアンスも豊かになっている。

「高い声もよく響くようになり、低音も出るようになった。12年間アーティストとしてやってきた結果が実を結んだのだと思います。いってみれば、いも虫が蝶々になったようなもの。でも自分の中で変わらないものは、自分を前に進める原動力。変わったのは人生観。人生のなかで大切なものは何か、本当に求めるものは何かを考えます。いまはシンプルになったし、思いっきりリラックスして、〈待つ〉ことができる人間になれたような気がします」

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2011年06月22日 17:19

更新: 2011年07月12日 19:38

ソース: intoxicate vol.92 (2011年6月20日発行)

interview & text : 石戸谷結子