インタビュー

Tony ‘Pituco’ Freitas

等身大の声とギター、大柄な〈ちっちゃい子〉が綴る歌世界

父方がイタリア系でサンパウロ出身、1990年に東京へ移り住んだトニー。日本で初めてのソロ・アルバムは、ボサノヴァの真の父とも称される孤高の音楽家、ジョニー・アルフ作品を軸に、全編弾き語りで録音された。

「去年亡くなったジョニー・アルフの曲は、すべてがモダン。斬新なハーモニー、ジャズ・サンバの融合スタイルを拓いた人物だよね。2005年からソロ活動に戻ったボクにとって、今回のアルバムは声とギターだけ。名人芸じゃないけれど、デリケートな集中力の産物。ちょっとジョアン・ジルベルトっぽい、ミニマリスタの音楽だ」

家ではサンバを楽しみ、79年に学生仲間と反体制の風刺を込めたグループで活動。86年にソロの道へ。92〜95年、ブラジル+日本混成アコースティック・バンドで格闘。つまり本来、彼はボサ専門の歌い手ではない。

「ジョビンやジルベルトは大好きだが、上の世代だし、ブラジルでボサノヴァを歌う機会なんて全然なかった。単に記録に残された音楽でしかなかったからね。今やっと若者が再発見してるけど。アイドルはジョルジ・ベン。同世代なら、MPB(ブラジリアン・ポピュラー・ミュージック)のジョアン・ボスコやミルトン・ナシメント」

渋め選曲の中できらり光る≪オ・コルサリオ≫が、ボスコ作品だ。これぞ、トニーの顔したパフォーマンス!

「ボクもそう思う。でも当初、録音するつもりじゃなかった。冗談まじりにスタジオで歌ってたら、なに!?この曲、ドラマティックですごいじゃない!って話になり、結果的にミックスしたアルバムに仕上がったんだ」

ボサ調のMPBナンバーばかりか、もっと意外な選曲もある。パラグアイ佳曲のカヴァー《インディア》だ。

「ガル・コスタが最初に録音した(73年)歌が、素晴らしかった。青年期にずっとラジオで聞いていたよ。ガルの歌は、聞き手を未知の旅へと導いてくれた。ペルラという名の、長い黒髪を垂らした美しいインディアが歌うヴァージョンも素敵だったな。でも、ずっと前にカスカチーニャ&イニャーナが録音した、オーセンティックな名唱がある。そう、1950年代だったかな。友人に歌うよう勧められたんだけど、もともとグアラニア形式の曲だし、ボサノヴァのハーモニーとジャズを採り入れて、ボクの顔をした《インディア》にしてみたんだよ」

さらに1曲、トニーの最新オリジナル・ソングという《ベイジョ・トルペード》もCDに収録されている。

「インターネットで遭遇した詩があってさ。ユーモアのセンスを含む感性豊かな詩で、ボクの生まれたサンパウロの状況を綴っていて興味を持ったんだ。それで、詩に曲をつけてみようと彼に送った。以来、ボクらはネットを介して共作関係にある。それが、若い詩人のホジェリオ・サントス。どうやら本業は地理学者らしい(笑)」

祖母がつけた綽名〈ピトゥーコ(ちっちゃい子)〉を愛する、大柄なトニーの慎ましい歌世界なのだった。

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2011年07月04日 13:51

更新: 2011年07月05日 15:02

ソース: intoxicate vol.92 (2011年6月20日発行)

interview & text :佐藤由美