松沼俊彦(指揮者)、田中靖人(東京佼成ウインドオーケストラ・コンサートマスター/サックス奏者)、新村理々愛(フルート)
THIS IS BRASS-Beat It -東京佼成ウインドオーケストラによる、ブラス版マイケル!
鼎談
松沼俊彦(指揮)
「マイケルは、エンターテインメントの真実を知っていた人なのかなと思います」
田中靖人(コンサートマスター/アルトサクソフォン)
「『ニュー・サウンズ・イン・ブラス』39集の積み重ねの上に出来た1枚」
新村理々愛(フルート)
「マイケルの音楽を知ったのは、実は彼が亡くなる2ヶ月前でした」
King of Pop、マイケル・ジャクソン。2009年6月25日に突然この世を去ってしまったマイケルだが、死後も彼の音楽は世界中で聴き続けられている。残念なことに、マイケルを知らない、聴いたことのない10代が増えているらしいが、彼の音楽を聴けば、その時代を超えた魅力に取り憑かれてしまうはずだ。そのぐらいマイケル・ジャクソンの残した音楽遺産は大きな影響力を持っている。
そこに登場したのが『THIS IS BRASSーBeat Itー』。東京佼成ウインドオーケストラ(コンサートマスター:田中靖人/アルトサクソフォン)によるブラス版(!)マイケル・ジャクソンである。指揮は松沼俊彦、フルート・ソロに新村理々愛というラインナップに加え、そうる透(ドラム)、松本茂(バス)という日本のロック界を代表するミュージシャンが参加し、本当にゴキゲンな仕上がりのアルバムになった。
「もともと【EMI】には『ニュー・サウンズ・イン・ブラス』という有名なシリーズ(現在まで39集がリリースされている)があるのですが、その積み重ねの上に、今回のアルバムが出来たという感じですね。アレンジャーの方々もそのシリーズで実績を残された方がほとんどで、アレンジの技も素晴らしいとコンサートマスターの田中は語る。
もっと熱いのは指揮者の松沼俊彦。
「にわかマイケル・ファンになってしまいました。録音前にマイケルの情報をたくさん仕入れました。映像もCDもチェックしたし。もちろんマイケルの音楽そのものも素晴らしいんですが、彼の歌詞にもとても深い意味が込められている。様々なサイトでマイケルのことを検索していたら、『マイケルの遺した言葉』というブログに出会いました。そのブログを書いた方がマイケルの歌詞を詳細に解説されていて、歌詞に込められた意味を教えてくれていた。そこで、実際の録音の時にも、単にサウンドだけでなく、そのメロディに付けられた歌詞の意味はこうなんだ! とメンバーたちに熱く語ってしまいました(笑)」
「吹奏楽ですから歌わないんですが(笑)、歌詞を理解するのはとても大事で、歌詞の意味によってやはり演奏も変わってきます。松沼さんが熱く語ってくれたことで、マイケルの音楽の真価が理解され、演奏も違ったものになりましたね」と田中。
今回のアルバムに収録されたのは、誰もが一度は耳にしたことのあるマイケル・ジャクソンの名曲ばかり。また〈ジャクソン5〉時代の楽曲のメドレーもあり、さながらマイケルの人生を振り返るような選曲だ。「〈ジャクソン5〉の楽曲も良い曲が多いんですよね。マイケルはデビュー当時は日本風に言えば小学生だった訳だけれど、その歌のうまさは天才的です」(松沼)
フルートの新村は1994年生まれ。まだ高校生で、クラシック音楽を学んでいる。
「マイケルの音楽を知ったのは、実は彼が亡くなる2ヶ月前だったんです。ちょうどダイエットのためにダンスを始めていて、母が『こういう人もいるよ』と教えてくれたのがマイケル。彼の映像を見たとたんに、彼と共演するのが私の夢になったんです。でも、その直後に彼の死というニュースが飛び込んできて、とても大きな喪失感を味わいました。でも、彼の音楽を聴き続けていて、今回こういう形でマイケルの楽曲を演奏することが出来てとても嬉しいです」
新村は『スリラー』のフルート・ソロに参加している。
「でも、彼女は単に楽譜通りじゃなくて、楽譜にない音も吹いているんですよ。もともとのマイケルの歌をコピーして、それをフルートで再現している。そのあたりの意気込みが凄かったですね」と松沼。
このアルバムに参加した人々はみなマイケルの音楽に熱い想いを抱いてしまったようだ。
「佼成ウインドのメンバーもマイケルを知らない人もいたんですが、リハーサル、録音を進める内に、彼の音楽の魅力にはまっていくのが分かりました。松沼さんの熱い想い入れもあったのですが、それだけではなくて、やはりマイケルの音楽の力ですね。それと編曲も素晴らしかった。ここまできっちりと仕上げられた譜面はなかなかないですよ」(田中)
「外国だと、ブラスの編曲はけっこういいかげんなものも見受けられるのですが、今回の編曲は、原曲の要素をきちんと盛り込んだ上で、ブラスらしい輝かしさも持った編曲になっていて、本当に日本ではアレンジャーのレベルが高いなと思いましたね」(松沼)
そうる透、松本茂という強力なリズム陣の参加もこのアルバムに華を添えている。
「お二人ともヴェテランで、しかもマイケルの音楽を熟知しているんです。マイケルの音楽の細かな所まで知っているし、また、ちょっとイメージを変えて欲しいという注文にもすぐ対応してくれる。それこそプロフェッショナルの仕事です」(松沼)
松沼は録音前にマイケルのライヴ映像もかなり見たそうだ。
「非常に微妙なコントロールによって、音楽を変化させて行くのが凄いと思いました。楽曲の後半になると、ちょっとずつテンポを上げて行ってクライマックスを作る。ある種クラシックの自然なテンポのアップに近いし、ライヴを聴いている人には分からない程度のテンポアップなんです。マイケルはライヴをすべて計算して、演出を考えていたらしいですけれど、そういう面でもエンターテインメントの真実を知っていた人なのかなと思いますね」(松沼)
今回のアルバムを発売前に【EMI】の世界会議でプレゼンしたところ、海外から大きな反響があり、世界同時配信リリースも決定した。楽譜もオランダの吹奏楽の名門「デ・ハスケ」での出版準備中だそうだ。東京佼成ウインドオーケストラの演奏のレベルの高さ、編曲の見事さは多くの海外の音楽ファン、ブラス・ファン、マイケル・ファンに受け入れられるだろう。
「マイケルの音楽の魅力は、あらゆる音楽の要素を取り入れて、しかも彼自身の音楽になっているところではないでしょうか?」と新村。
マイケルの楽曲の中で彼女が一番好きなのは?
「やはり《ビリー・ジーン》ですね。ムーンウォークを初めて披露した作品ですが、その映像を見た時にショックを受けるほど感動しました。今回のアルバムでは演奏していないのですが、いつかムーンウォークしながらフルートを吹いてみたいです(笑)。それと《SAY SAY SAY》(ポール・マッカートニーとの合作曲)も楽しい曲ですよね。今回のアルバムにはマイケルがソロで発表した曲だけでなく、こうした合作曲も収録されているのが面白いところ。この作品のプロモーション・ヴィデオには色々な人がカメオ出演していて、それを見るのも楽しいです」
マイケルの楽曲の中で〈最も美しい〉とされる《ヒューマン・ネイチャー》(TOTOオリジナル・メンバーのスティーヴ・ポーカロなどとの合作)も今回のアルバムに収録されている。
「そういう意味では、メジャーな作品だけではなく、隠れた名作みたいな作品も数多く収録出来たのがこのアルバムの魅力ですね」と松沼。
『ニュー・サウンズ・イン・ブラス』シリーズでもお馴染のエンジニア・小貝俊一が音作りを担当したので、そのサウンドの仕上がりも非常にクオリティの高いものになっている。ブラス・ファンのみならず、多くのポップ&ロック・ファンに聴いて欲しいサウンドである。
スタッフも含め、松沼、田中、新村との鼎談は次第にマニアックなマイケル話になっていって、いつまでも終わる気配を見せなかった。私たちをここまで熱くしてしまうマイケル・ジャクソンの音楽。もし、まだ知らないという若い世代の方がいたら、この『THIS IS BRASS』アルバムに改めて耳を傾けてほしい。そしてオリジナルのマイケル・ジャクソンの世界に接近して欲しい。このアルバムからはそんな強いメッセージが発信されている。
注・マイケルの遺した言葉
http://mjwords.exblog.jp/i3/
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