James Tormé
父親たちの遺伝子を変異させたニュー・スタンダーズ
〈アメリカを代表する歌声〉と断じても過言ではない、20世紀を代表するヴォーカリストがメル・トーメ。その息子に生まれ、デビュー作『ラヴ・フォー・セール』をリリース、〈The Velvet Fog(=滑らかな霧)〉と呼ばれた父親の才能を受け継ぐ〈次世代ポップ・ヴォーカルのプリンス〉として注目を浴びているのがジェームス・トーメだ。
「父親の〈The Velvet Fog〉を受け継いでいると言ってもらえるのは、僕にとってものすごい褒め言葉」と、偉大なる父親へのリスペクトを隠さない彼だが、このデビュー作の制作に関しては〈後ろ姿を追う〉のではなく、〈父親を超える〉ことを考えていたという。
「父親が残した業績は、僕にとってゴールではなく、スタート。僕は父親がやっていたようなジャズに限定された音楽ではなく、ポップスやR&Bなどより広い範囲の音楽的な要素を取り込んで観衆にアピールできる音楽をめざしていきたい」
そうした想いを具現化したものがデビュー・アルバムということになるが、そこに至る道のりは想像以上に厳しいものだったようだ。
「選曲は悩みに悩んだ。最初の時点で70曲をリストアップしてから、何ヵ月もかけて、僕がレコーディングするに相応しいと思うことができる曲を絞り込んでいった」
そこには、《ワン・オア・ジ・アザー》(共作)と2009年にジョン・レノン・ソング・ライティングアワードで優勝した《ア・ベター・デイ・ウィル・カム》の2曲のオリジナルが含まれるが、ほかは父親も歌っていたスタンダードが並ぶ。
「時代背景などによって、曲にはそれぞれ異なった雰囲気があるけれど、それらを1枚のアルバムに収めるときに気を付けなければいけないのは、統一感を出せるかどうか、ということ。僕というヴォーカルの縦糸が、時代やスタイルの違ういろんな曲の横糸を織り込んで、1枚の滑らかな布を織り上げる──。つまり、最新の楽曲でも〈アメリカン・ソングブック〉に名を連ねるような新たな名曲に仕立て上げてしまう一方で、クラシックなナンバーでも現代にマッチしたテイストに仕上げる、というのがこのアルバムにおける基本コンセプトだった」
その高度にして困難なコンセプトを成功に導くため彼の〈右腕〉となったのが、アレンジャーのデヴィッド・ペイチ。TOTOのオリジナル・メンバーとしても知られる彼だが、実はジェームスの父親のアレンジを担当したマーティ・ペイチの息子で、まさに運命的とも言える出会いが実現。メル・トーメが50年代のアルバム制作で使用したマイクロフォンをスタジオに持ち込むなど、ジュニアたちならではのアイデアと矜持も織り込み、新たな〈アメリカン・ソングブック〉づくりの〈霧〉は、さらに深く濃いテイストを醸し出してくれそうだ。