インタビュー

松平敬

「自分なりの理想のひびきというのを
 こういうふうだよとつくってみる」

クセナキスの『オレステイア』がサントリー芸術財団サマーフェスティバルで演奏される。1966年に作曲された作品で、日本初演は1976年、日生劇場において高橋悠治の指揮でおこなわれ、10代のわたしはとても大きな衝撃を受けたのだった。しかし、である。クセナキスはその後、二度の補作をおこなっている。〈カッサンドラ〉と〈女神アテナ〉で、今回の公演ではバリトンの松平敬が歌うパートが、まさに、80年代と90年代に追加されているのだ。折しも、松平敬は新しいアルバム『うたかた』がリリースされたばかり。『オレステイア』と『うたかた』、あわせて話をしていただいた。

「『オレステイア』は、アイスキュロスのギリシャ悲劇をもとにしていて、1966年に「三部作」として作曲されているわけですが、実質的に五部作になっています。スコアには、特に「オペラ」とはありませんが、オペラと呼んでいることも多いし、クセナキス「唯一のオペラ」ともあったりします。で、〈カッサンドラ〉を87年、〈女神アテナ〉を92年、どちらもバリトンを含む部分を追加して、完成しています。つまり、初期とはいえないけれど、比較的「昔」のクセナキスから晩年のクセナキスまでカヴァーする作品になっているのです。日本では、かつて大阪で全曲演奏をしているのですが、東京でははじめてになります」

──ギリシャ悲劇を想定しつつも、能も意識していますよね。

「クセナキスのあたまにあるギリシャ悲劇を作品にした、とでも言ったらいいかもしれません。たとえば〈カッサンドラ〉ではグリッサンドが多用されていて、五線譜ではあるけれど、謡のように線が上下するように書かれています。付随する打楽器は革系・ウッドブロック系、二種類をつかっている。さらにバリトンの(ふつうの)発声とファルセットの発声が交差するようになっている」

──クセナキスのスタイルの変遷がひとつの曲に併存していると同時に、異なった発声がひとつところにあるのも、おもしろい。

「〈カッサンドラ〉は2曲目、〈女神アテナ〉は4曲目で、そうすると、古い/新しい・古い/新しい、そして古い、というコントラストのついたかたちになっている。もちろん〈カッサンドラ〉と〈女神アテナ〉もコントラストになっています」

──(スコアをみながら)バリトン・パートは……けっこう……大変ですね……。

「通常のバリトンの発声とファルセットの発声がまじります。通常の発声で、高いところだと声帯を緊張させ、低いところだと緩める。そして(声域の)下から上まで連続してつながっている。でも、それにもうひとつファルセットという要素が加わります。ファルセットのなかの緊張度というのは、ふつうの発声とは異なっている。なので、突然、音があっちいったりこっちいったりすると、わからなくなってしまう……。はじめはそうとう面食らいましたね。ヘ音記号とト音記号と、音が行ったり来たりするのはね。でも、たとえばチェロだと考えてみたら、通常の音とハーモニックスの音というふうに、ね」

──松平さんと《オレステイア》とのつながりは?

「1990年代にラッヘンマンをやったり、2000年からシュトックハウゼンの講習会に行ったりと、現代作品をやる機会はあったのですけれど、2003年、大阪のNext Mushroom Promotionで『オレステイア』をやったわけです。そのとき指揮をした川島素晴氏が、〈カッサンドラ〉は単独でもできるからと示唆され、東京・北とぴあでのリサイタルでとりあげたりもしました。そうしたところから、現代作品を演奏する機会が増えてきたわけです。その意味で『オレステイア』は、自分のなかで原点といえるかもしれません。今度、ほぼ10年ぶりに、あらためて現代作品をやるきっかけの作品をやる、となるわけです」

──大阪では、演出など、どうだったのでしょう? かつて日生劇場でやったときは、最後にデウス・エクス・マキーナが、ステージのうしろのほうに、ちょっとでてくるくらいでしたが。

「大阪では演奏会形式でした。かんたんな衣裳などはつけましたが、動きも特にないし、譜面もみていました。合唱は客席で歌う、などありましたが。今回のサマーフェスティバルでは演出がついていますが、なにしろものすごい演出をするひと(たち)で……。むしろ、コンサートホールという制約をどういうふうに乗り越えていくのかが気になったりしますね」


──話はとびますけれど、新しいアルバム『うたかた』がリリースされたばかりです。前作『モノ=ポリ』とは違いますが、録音テクノロジーを意識したつくりになっているか、と。

「前のアルバム『モノ=ポリ』は、ノリでできてしまったようなもので(笑)。合唱作品の各パートを手当り次第に録音していって、そこにテーマ性を加えていったものだったのです。だから、はじめから多重録音ありき、ではなかった。でも、合唱の指導をおこなっていると、実際にアルトやソプラノのパートを歌ってみることも多いのです。そのほうがわかりやすい。そうしたことで、ファルセットが声を鍛えるということにもなった。それはまた、『オレステイア』につながっていることでもあります」

──なるほど!

「自分としては、古いものも新しいものも好きだったけれど、古いものをやる機会がなかったので、たまっているものをそこにだした、というのが『モノ=ポリ』にはあったのです。合唱を指導しているなかで、自分なりのイメージがあっても、アマチュアだったりすると、そのとおりになりませんよね。だから、自分なりの理想のひびきというのをこういうふうだよとつくってみるというのもありました。それに、クラシック以外では、スタジオでつくりこむということはふつうにおこなわれています。ライヴで録音しても、それを編集するようなやり方もある。シュトックハウゼンもそうです。コンサートだとどうしてもミスがありますし。三輪眞弘さんのいう「録楽」というような考え方もでてきたりしました。ですから、この「録楽」と、現代の音楽、そして、前のアルバムをつなげるというようなところが、今回の『うたかた』にはあるのです」

写真@Jun'ichi Ishizuka

LIVE INFORMATION

サマーフェスティバル25周年記念特別公演〈オペラ〉
8/31(金)19:00 大ホール
オペラ『オレステイア』3部作(ギリシャ語上演 字幕付き)
「アガメムノーン」「供養する女たち」「慈しみの女神たち」
原作:アイスキュロス(紀元前525-456)
作曲:ヤニス・クセナキス(1965-1966)
出演:松平敬(Br)池上英樹(打楽器)東京混声合唱団(合唱指揮=山田茂)東京少年少女合唱隊(合唱指揮=長谷川久恵)山田和樹(指揮)東京シンフォニエッタ
演出:ラ・フラ・デルス・バウス
舞台監督:小栗哲家
音響:有馬純寿

サマーフェスティバル25周年記念特別公演〈ミュージサーカス〉
ジョン・ケージ:ミュージサーカス
8/26(日)14:00〜19:00 ブルーローズ(小ホール)他
監修:千宗屋/白石美雪/岡部真一郎
http://www.webdice.jp/suntory_musicircus/
フランコ・ドナトーニ〜生誕85年記念〜〈管弦楽作品集〉
8/22(水)19:00 大ホール
曲目(全曲日本初演)
フランコ・ドナトーニ(1927〜2000):
イン・カウダ(行きはよいよい帰りは怖い)II(1993-1994)
イン・カウダ(行きはよいよい帰りは怖い)III(1996)
エサ(イン・カウダV)(2000)
プロム(1999)
ブルーノのための二重性(1974-1975)
杉山洋一(指揮)東京フィルハーモニー交響楽団

サントリーホール国際作曲委嘱シリーズ再演特集〈細川俊夫セレクション〉
8/27(月)19:00 大ホール
曲目:ヤニス・クセナキス:ホロス(1986.10.24初演)
サルヴァトーレ・シャリーノ:シャドウ・オブ・サウンド〜オーケストラのための(2005.8.27初演)
ヘルムート・ラッヘンマン:書(2003.12.4初演)
秋山和慶(指揮)東京交響楽団
第22回芥川作曲賞選考演奏会
8/26(日)15:00 大ホール
山根明季子(1982−):ハラキリ乙女(2012)世界初演(第20回芥川作曲賞受賞記念サントリー芸術財団委嘱作品)

第22回芥川作曲賞候補作品(演奏順未定)
阿部俊祐(1984-):イル(2011)
新井健歩(1988-):鬩ぎ合う先に〜オーケストラのための〜(2011)
大場陽子(1975-):誕生(2011)
塚本瑛子(1986-):「一瞬の内に」オーケストラのための(2011)
大井剛史(指揮)西原鶴真(琵琶)(山根作品)
公開選考会 司会:片山杜秀 選考委員:北爪道夫/高橋裕/原田敬子

サントリー芸術財団HP
http://suntory.jp/13681

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2012年06月26日 16:32

ソース: intoxicate vol.98(2012年6月20日発行号)

取材・文/小沼純一(音楽・文芸批評家/早稲田大学教授)