インタビュー

金子飛鳥

丁寧な生き方のための音楽

王道Jポップからジャズ、エスノ系アヴァン・ポップ等々、何を弾いても抜群のテクニックと特異なセンス。ヴァイオリン奏者の金子飛鳥は、70年代から日本 の音楽シーンで絶対的な位置を維持してきた。最近も、ジェーン・バーキンのバッキングにおける高いミュージシャンシップに改めて唸らされたばかりだが、ピ アニストのフェビアン・レザ・パネと作り上げた新作『Still』は、そんな彼女の半世紀に及ぶ音楽生活、いや人生そのものの中間決算報告書のような作品 といっていい。

ヴァイオリンと生ピアノだけのデュオ演奏は、一見(一聴)淡々とした、もしかしたらレコード店ではヒーリングやニューエイジのコーナーに並べられそうなものだが、その静かな音の交わりと流れの中に身を浸していると、いつのまにか、驚くほどの生気とエナジーに包まれてゆく。二つの音がゆっくりと絡まり、溶け合い、混沌とした空間を作り上げてゆくその過程は、まさしく〈私と宇宙の一体化への旅〉といった趣。実に濃厚かつスピリチュアルなアルバムなのだ。

「強く自己主張するのではなく、湧きあがってくるメロディの流れにすべてを任せ、メロディの持つ力につきあってゆくようなアルバムを作りたいとずっと思っていたんだけど、今回やっとイメージどおりのものができたと思う」

こういう作品だからこそ、パートナーとしてのパネの存在も不可欠だったはず。

「彼はとにかく、無駄な音を弾かない。そして、音の色彩感、空気感が素晴らしい。あと、温度感。私はガーッと温度が上がってゆくところがあるんだけど、彼は常に温度が低く、淡々としている。その温度感の差が、二人のコラボの中でどういう果実をもたらすのかというのが、私自身の興味でもあった。どうしよう、ではなく、どうなるのか」

静と動、陰と陽が一体化した流動体のような本作を聴いて改めて思うのは、金子の中にあるアジア的、あるいは日本的な美意識、倫理観である。

「そう、アジア的揺らぎ。境目にあって、はっきりしないけど、確かにそこで揺らいでいるもの。今の社会はすべて、力関係、パワー・コンフリクトだから、そうじゃない価値観をせめて音楽では実現させておきたいんです」

画家である実母の作品を用いたジャケットからも、そんな価値観、美意識は伝わってくる。「丁寧に生きたいとずっと思っていた」と語る金子の、これは静かな革命宣言だとも思う。

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2012年07月10日 11:25

ソース: intoxicate vol.98(2012年6月20日発行号)

取材・文 松山晋也