インタビュー

クラウス・フロリアン・フォークト

photo by : Uwe Arens

清く、正しく、美しい白鳥の騎士フォークト、奇跡を起こす!

6月1日に初日を迎えた新国立劇場『ローエングリン』新演出上演。その第1幕、クラウス・フロリアン・フォークト演じるローエングリンが《禁問の動機》を歌い始めると、劇場内を震度4の地震が襲った。舞台上の出演者たちはガタガタと揺れる照明ライトを見上げ、客席内の聴衆に不安が広がる。だが、フォークトはいささかも動ずることなく、きわめて正確な音程でローエングリンのパートを歌いきった。かつて、これほどまでに清く、正しく、美しい白鳥の騎士が、実演で存在しただろうか? 奇跡を起こしてブラバントの危機を救うローエングリンさながらに、地震後の場内にたちこめる不安を一掃したフォークトが、終演後、大歓声に包まれたことは言うまでもない。

「歌手になる前はハンブルク州立歌劇場のホルン奏者として、ギュンター・ノイホルトの指揮でワーグナーも演奏していました。管楽器奏者が歌手に転向するのは、実はそれほど不自然なことではありません。呼吸のしかた、フレージングの付け方、表情など、多くの共通点が存在しています」
ソロアルバム第1弾『ヘルデン』はローエングリン役に加え、ヴァルター、ジークムント、タミーノなど、彼が得意とする役どころをベルリン・ドイツ・オペラで収録。大時代的なヘルデンテノールと一線を画した夢幻的で柔らかい歌唱が、ライヴ特有の熱気に包まれた名演に仕上がっている。
「演奏会場全体に広がる生命力は、やはりスタジオ録音では得られない要素です。今回は収録時間の都合で《パルジファル》を収録しませんでしたが、次に録音するとしたら、第2幕でのクンドリーとの絡みを歌ってもいいかもしれませんね」

同盤にはコルンゴルトの《死の都》を収録、かつてのルネ・コロを彷彿とさせる。ところで、コルンゴルトは、映画音楽の元祖でもあるが……。

「実は長男が映画音楽に夢中で、私も一緒によく聴くんです。この前、彼が『300(スリーハンドレッド)』の音楽が凄いというので聴いてみたら、ほとんどチャイコフスキーの《悲愴》だった(笑)。いま、ドイツでは若い世代のクラシック離れが深刻です。若い世代にとってフィルムスコアはクラシックへの最良の入門だと思います」

将来《指環》のジークフリートを歌うことは?

「もちろんその可能性も考えていますが、まだまだ先のことになりそうです。歌いながら、ジークフリートの角笛のパートをホルンで吹くかって? 無理ですよ、ピットの中で吹いたことがありますが、めちゃくちゃ難しいです。いっぱい練習し直さなくてはいけません(笑)」

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2012年08月15日 12:05

ソース: intoxicate vol.98(2012年6月20日発行号)

取材・文 前島秀国(サウンド&ヴィジュアル・ライター)