インタビュー

チリー・ゴンザレス

新世界と旧世界が交わる場所に─
8年ぶりの「ソロピアノ」

ラッパー、ソングライター、映画プロデューサーと八面六臂の活躍を続けるチリー・ゴンザレスが、名盤『ソロ・ピアノ』から実に8年ぶりとなるピアノアルバム『ソロ・ピアノⅡ』を録音した。ここ数年にわたって書き溜められた100曲以上の楽曲から、最終的に14曲を厳選したものだ。

「曲を思い付いては忘れ、また思い付いたら留守電に吹き込んで、何年も経ってから思い出す、みたいな感じで、徐々にフォーカスを絞り込んでいったんだ。いわば、映画のクロースアップのようなものだね。強調したいのは、このアルバムは2012年の現在に通用するポップスとして作ったということ。特に最初の2曲は、そうした意図を強く感じてもらえると思う。1曲目の《ホワイト・キーズ》は曲名通り、白鍵だけで演奏した曲。黒鍵を使わず、わざと素材を限定した上でリアルな表現を目指したんだ。その意味ではショパンの《黒鍵のエチュード》に通じるものがあるかもしれない。次の《ケネストン》は、故郷のカナダの通りの名前。無垢でナイーブな感情を表現したので、自分の幼年期に因んだ曲名にしたんだ」

録音にはグランドピアノを使わず、わざわざ自宅のアップライトをスタジオに搬入したという。

「親密さを表現したかったんだ。ピアノを習ったことがある人なら、子供の頃、家のアップライトでレッスンした記憶があるよね? あのパーソナルな感じだ。グランドだと、コンサートホールの大げさな演奏を連想させてしまうからね。“月の光のカーテン”という意味の《リドー・リュネール》、回転ドア(リボリビング・ドア)に引っ掛けた《イボルビング・ドア》など、内装や家具に因んだ曲名を付けたのも、親密さを出したかったからだ」

アルバム全体を貫くもうひとつの大きなテーマは、ずばり“ヨーロッパ・ミーツ・アメリカ”だ。

「《ネロズ・ノクターン》という曲では、アメリカ西部の民謡みたいなテーマをノクターンで弾いているんだけど、その曲が持っている“ヨーロッパ・ミーツ・アメリカ”的な要素をどう言葉で表現したらいいか考えた時に、フランコ・ネロのことが頭に浮かんだ。(ネロ主演の)マカロニ・ウェスタンは、アメリカに対するヨーロッパの幻想を表現しているからね。あるいは《マイナー・ファンタジー》という曲では、ソウルフルなアメリカのマイナー(短調)のブルースをヨーロッパ風に弾いたらどうなるかという要素と、20世紀初頭の印象主義の作曲家がジャズをどう見ていたか、という要素のふたつを表現してみた。“ヨーロッパ・ミーツ・アメリカ”を『誰が、誰の影響を受けたのか』という側面で考えると、凄く面白いんだ。ラヴェルやドビュッシーはジャズの影響を受けているし、逆にガーシュウィンはヨーロッパのクラシックの影響を受けている。実は今回のアルバムに限らず、“ヨーロッパ・ミーツ・アメリカ”は僕の音楽活動全体に関わる大きなテーマなんだ。旧大陸と新大陸の文化が出会ったモントリオールで育ったことが、凄く影響していると思う」

『ソロ・ピアノⅡ』には、ポップスの現状に対する彼ならではの鋭い批判精神が、“裏テーマ”のようにそこかしこで鳴り響いていることも聴き逃せない。彼自身はそれを「メイジャー(長調)=マジョリティ(多数派)」対「マイナー(短調)=マイノリティ(少数派)」の政治学と呼ぶ。

「例えばブラック・アイド・ピーズの《アイ・ガッタ・フィーリング》は歌詞も凄くポジティブで、これぞメイジャー(長調)って感じで書かれているよね。今のポップスは誤った楽観主義、つまり右翼的なアプローチが多数派(マジョリティ)になっている。だけど、僕みたいに純粋なポップではないけれど、パーソナルなビジョンを持っているアーティストは、もっと複雑な感情を表現しようとする。マイナー(短調)に共感するためには、マイノリティ(少数派)に属している必要はない。暗さや悲しさを連想させるマイナーは、誰もが共感し得ると思うんだ。マーラーは《巨人》の第3楽章を書いた時に、《フレール・ジャック》という明るい童謡をわざとマイナーで鳴らしたよね。僕がやろうとしているのも、それと同じだよ」

クラシックに造詣が深いゴンザレスは、なんと自分のライヴでプッチーニの弦楽四重奏曲《菊》を紹介するような“啓蒙活動”も行なっている。

「《菊》はラヴェルやシューベルトと比べても全く遜色のない美しい曲だけど、誰も知らないよね。プッチーニはオペラ、みたいな。要するに、みんなアーティストというものを一面的にしか見ていないんだ。それは悪い傾向だと思う。本来、音楽家は多様な関心と側面を持っているものだ。僕自身はラップやその他の新しい音楽に属するアーティストだけど、実際にはクラシックの楽器や和声を使ってポップスを作っている。つまり、古い世界と新しい世界の橋渡し的な存在だと思うんだ。そうしたスタンスには、自分でも満足している。良質の娯楽(entertainment)は、同時に啓蒙(enlightenment)でもあり得るんだよ。その意味で、僕のお手本はグレン・グールド。音楽は多少難解だけど、パーソナルで、いつも自分に忠実だったよね。まさに、すべてのアーティストの鏡だと思う。加えて、僕とは同じカナダ出身のエキセントリックなピアニストという共通点もあるから、凄くリアルな存在なんだ」

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カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2012年08月22日 13:49

ソース: intoxicate vol.99(2012年8月20日発行号)

取材・文 前島秀国(サウンド&ヴィジュアルライター)