インタビュー

ルドルフ・ブッフビンダー


日本のファンのための特別企画のベートーヴェン



ブッフビンダー

ウィーンを中心に世界中で活発な活動を展開しているピアニストのルドルフ・ブッフビンダーは、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲演奏をライフワークとし ている。録音のみならずステージでも全曲を取り上げ、すでに各地で40回以上も演奏している。日本でも来日のたびに数曲を披露し、6月の来日でも第8番と 第23番を演奏した。

「私は完璧主義者なんですよ。どんな作品を演奏するときも、たいていは楽譜を8から10版研究し、徹底的に作曲家の意図したことを追求していきます。ベー トーヴェンのソナタの場合も同様で、あらゆる版をいつも見直し、つねに新たな発見を求めてベートーヴェンに近づいていきます」

ブッフビンダーは作品論をあまり語ろうとしない。そういうことはもうあらゆるメディアで出尽くしているから自分がいまさら、という考え。

「このソナタをどう弾きたいか、どう表現したいかを話すより、まず演奏を聴いてほしいと思うから。私はひとつの音符、休符、フレーズ、強弱、リズムなどをこまかく研究し、少しでも作曲家の魂に寄り添う演奏をしたいと願っています。そのためには戦いが必要となります」

その戦いとは、現在の楽譜出版社がオリジナルと異なった音符や表記をしているため、それを訂正してほしいと願い出る戦い。ブッフビンダーは作曲家の書いた原典にこそ真実を見出す。

「たとえばベートーヴェンのソナタの3つの音符が続く箇所で、彼は最初の音符はf、次の音符もf、そして最後の音符には何も書いていない。ところが、出版 社は3つともfと印刷している。なんということか。これではまったく曲想と意図が異なってしまう。それを私が何度訂正するべきだといっても、出版社は一向 に直そうとしない。こうしたまちがいは1曲のなかに山ほどある。全曲を通して演奏した場合、それはベートーヴェンの目指すものから遠くかけ離れてしまいま す。私はそうした楽譜の研究を長年続けているんですよ」

ブッフビンダーは来日記念として、日本のファンのために2010年と2011年にドレスデンのゼンパーオーパーでライヴ収録したベートーヴェンのソナタ全 曲のうち第14番 《月光》、第8番《悲愴》、第26番《告別》、第23番《熱情》をリリース。説得力のある洞察力に富んだ演奏を披露している。そのベートーヴェンはひとつ ひとつの音が生命力に満ち、いま生まれた音楽のように新鮮。彼の作曲家への敬意と愛情と探求心が全面開花している。


カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2012年10月05日 14:37

ソース: intoxicate vol.99(2012年8月20日発行号)

取材・文 伊熊よし子(音楽ジャーナリスト)