インタビュー

EGYPTIAN HIP HOP 『Good Don't Sleep』



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80年代以降の英国ロックの歴史を語るうえで重要な役割を果たしてきた都市、マンチェスター。いまから3年ほど前にこの場所から登場し、デルフィックやエヴリシング・エヴリシングと並んで注目された新人バンドを覚えているだろうか。グループ名はエジプシャン・ヒップホップ。何ともエキゾティックな名前を持つこの4人の若者たちは、同世代のバンドとは少し異質なグルーヴを携えてシーンに浮上してきた。しかし、2010年9月にハドソン・モホークのプロデュースによるEP『Some Reptiles Grew Wings』をリリースした後、突如沈黙してしまうのである。

「アルバム制作の準備をしていたんだ。曲を書いて、とにかくたくさんレコーディングしたね。その後はレーベル絡みの仕事をして、気がついたら2年も過ぎていたって感じかな」(アレックス・ヒューイット:以下同)。

むやみに生き急ぐのではなく、みずからの表現が熟すまで機を窺うという姿勢は、最近の若手にしては珍しいのではないだろうか。ちなみにその間、ヴォーカルのアレックスはシャルロット・ゲンスブールのツアーに参加していたという。そんなこんなで2年越しで完成したファースト・アルバム『Good Don't Sleep』は、意外にもR&Sからリリースされることとなった。古くはエイフェックス・ツイン、近年ではジェイムズ・ブレイクを送り出した老舗のテクノ・レーベルだ。

「僕らのやりたい音楽を理解してくれたというのが決め手だった。もともと良いレーベルであることは知っていたしね」。

そのR&Sも太鼓判を押す本作には、バンドの着実な進化がしっかりと刻まれている。独自性と音の奥行きは数段アップし、EPにはなかったオーガニックな質感まで体得。恐らくプロデュースを手掛けたリチャード・フォーンビーの功績も大きいのだろう。ダコタ・スイートやワイルド・ビースツとの作業で知られるこのヴェテランは、英国バンドの〈地の魅力〉を引き出すことに長けた人物である。今年に入り、メンバーは彼とウェールズでアルバム制作を本格化。作品全体に漂う不思議な浮遊感は、恐らくウェールズという街の雰囲気とも無関係じゃないはずだ。

「ウェールズはマンチェスターとはまったく違う街だったから、現実逃避のような感覚が生まれて作業に集中できたね」。

マンチェスターの先輩たちとの関連性はほぼないと語る彼らだが、確かに本作を聴けばそうした主張も頷ける。しかし、ア・サートゥン・レイシオは唯一の例外と言っていいかもしれない。80年代にニュー・オーダーに次ぐ存在として活躍したこのバンドの初期作品における、アフロ・ファンク〜トロピカル・グルーヴのなかに青白い亡霊のような幻影が立ち上る音世界は、エジプシャン・ヒップホップの祖父的な存在と思えるのだが、どうだろう。冒頭の“Tobago”はトバゴ島を指していると推測することも可能だし、マリに実存するミュージシャンの名前を冠した“Yoro Diallo”なんて曲もあれば、アーシーなパーカッションが耳を引く“Snake Lane West”みたいなナンバーもある。

最近だとヴァンパイア・ウィークエンドが南国のリズムを巧みに採り入れてみせたが、ここでは英国ならではのマナー——ジェイムズ・ブレイクのように、慎ましさと大胆さを持ち合わせた——でそれを消化しているように聴こえる。また、内省的でオブスキュアなものへと変化したヴォーカルから、アリエル・ピンクの影響を強く感じることもできるだろう。どうやら彼らはアリエルの気怠い〈チャント〉を通して、自分たちにしか出せない神秘的なエキゾ感を見つけてしまったようだ。

いずれにしても、まだ扉は開かれたばかり。未知数の可能性をあちこちに残しながら不思議な余韻を残すこのアルバムに、何度も耳を傾けてみてはいかがだろう。ひょっとしたら、ここから英国ロック・シーンの2年後の風景が見えてくるかもしれない。



PROFILE/エジプシャン・ヒップホップ


アレックス・ヒューイット(ヴォーカル/ギター/キーボード)、ニック・デラップ(ギター/ベース)、アレックス・ピアース(ドラムス)、ルイ・スティーヴンソン・ミラー(ギター/ベース/キーボード)から成る21歳の4人組。2008年にマンチェスターで結成。2009年末にNMEの付録として作られたミックスCDに“Rad Pit”が収録される。2010年4月には7インチ限定でファースト・シングル『Wild Human Child/Heavenly』をリリース。同作がすぐにソールドアウトして話題となるなか、同年10月に12インチEP『Some Reptiles Grew Wings』を発表する。このたびファースト・アルバム『Good Don't Sleep』(R&S/BEAT)がリリースされたばかり

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2012年11月16日 21:35

更新: 2012年11月16日 21:35

ソース: bounce 349号(2012年10月25日発行)

構成・文/佐藤一道