前野健太から連想できるあんなトピックやこんな人たち
サングラスがトレードマークの前野だが、そのルックス通り、彼を語るうえでもっとも重要な存在はボブ・ディラン。風刺を交えたフォークな歌世界はもちろん、前野健太とDAVID BOWIEたち、前野健太withおとぎ話としてのバンド・スタイルでの活動も、(後の)ザ・バンドを従えたディランを彷彿とさせる。ディランがギターをエレキに持ち替え、ロック方面へと舵を切った3部作を発表したのもその頃だが、同様に従来のフォーク路線からファンキーな“氷の世界”を表題とするロック盤を発表することで転身した井上陽水もまた、前野との共通項を感じさせる一人。同曲は前野もカヴァーを披露しているが、ルックスもまたドンピシャだろう。
前野のバンド活動に話を移すと、彼にとってのザ・バンド=おとぎ話との出会いは、DAVID BOWIEたちの前身となる〈前野健太バンド〉時代。おとぎ話の有馬和樹は前野バンドを初めて観た際に〈ゴーキーズ・ザイゴティック・マンキみたいだ!〉と思ったらしいが、そのサイケ・フォークなテイストは、前野の最新作が纏うムードに通じるものが。ちなみに、ゴーキーズは前野のフェイヴァリットでもある。一方、メンバーが不定形のDAVID BOWIEたちのほうには、最新作の参加メンツの他にあだち麗三郎もエントリー。彼の初作では、“鯨と人魚のはなし”に前野が詞を提供している。
そうした外部参加作品としては、前作『トーキョードリフター』で前野とコラボしたアナログフィッシュの“確率の夜、可能性の朝”が。もともと配信のみで発表されていた同曲は、バンドのベスト盤へ収録時に前野をフィーチャー。彼の枯れた味わいのある歌唱とソフト・サイケなハーモニーを聴くことができる。
また、ライヴで多く披露されているカヴァーに音源化されているものは少ないが、阿久悠の作詞曲をまとめた3枚組『新・人間万葉歌~阿久悠 作詞集』には、アコギ1本による桂銀淑“花のように鳥のように”の前野版が。その他、異色なところで高円寺を根城としていたシンガー・ソングライター、故・加地等のベスト盤に選曲者として豊田道倫や三沢洋紀らと共に前野も参加。加地の東京を彷徨うストリート・ミュージシャン然とした佇まいは、前野と通底するものだろう。
最後に、前野がカヴァーされている例としては“東京の空”をピックしたゆーきゃんが。また、前野からの影響があるという世田谷ピンポンズも東京に潜むエレジーを弾き語る新世代フォーク・シンガーで、今後は〈前野以降〉と呼ばれる面々も続々と登場するかも?
▼文中に登場した作品を紹介。
左から、ボブ・ディランの75年作『The Basement Tapes』(Columbia)、井上陽水の73年作『氷の世界』(ポリドール)、2013年1月23日にリリースされるおとぎ話のニュー・アルバム『THE WORLD』(UKプロジェクト)、ゴーキーズ・ザイゴティック・マンキの2001年作『How I Long To Feel That Summer In My Heart』(Mantra)、あだち麗三郎の2009年作『風のうたが聴こえるかい?』(MAGICAL DOUGHNUT)、アナログフィッシュのベスト盤『ESSENSIAL SOUNDS ON THE WILD SIDE. ~THE BEST & HIBIYA YAON LIVE.』(felicity)、2010年のコンピ『新・人間万葉歌~阿久悠 作詞集』(ビクター)、加地等のベスト盤『The Essential KAJI HITOSHI』(KEBAB)、ゆーきゃんの2012年作『あかるい部屋』(術ノ穴)、世田谷ピンポンズの2012年作『H荘の青春』(キャッチ&リリース)
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カテゴリ : インタビューファイル
掲載: 2013年01月24日 20:40
更新: 2013年01月24日 20:40
ソース: bounce 351号(2012年12月25日発行)
文/土田真弓