インタビュー

池辺晋一郎(2)

「作曲家・池辺晋一郎 70歳バースデーコンサート」で《交響曲第9番》を世界初演

──今度の交響曲《9番》はどのような作品になるのでしょうか。

「システムを作ることはどこかで拒否するところがある、というのはおなじ。3月に神奈川フィルで初演した《8番》にしても、今回の《9番》にしてもね。だけど、《9番》は長田弘さんの詩をテクストにしているのだけれど、これに寄り添うためにはどうしてもある程度シンプルにしなければいけない。詩が生きてこない。大音響を要求する詩ではない。ひじょうに複雑なひびきを欲しがっている訳ではないと思う。だから割とシンプルな楽曲になっています」

──テクストに沿おうとしたとき、そこから要求されるものがあると思います。それにどうやって対応していくのでしょうか。

「長田さんの詩で作曲しようと思って、はじめは10篇を選んだんです。ところどころに歌のない楽章も挟んでたまたま9楽章になって。だけどそれが長過ぎて、涙を飲んで一篇省いたんです。それで9つになっちゃった。《9番》だから9楽章で9つの詩を使ったみたいになっちゃったんだけど、それは結果論なんですよ。詩は『世界はうつくしいと』や『人はかつて樹だった』などの詩集から選びました。2と5と9の楽章がオケだけになっています。

──ついこの前、お目にかかったとき、「シンフォニー」は自分の書きたいものをやるのにちょうどいい形式だ、とおっしゃっていました。

「形式っていうか、ネーミングね。実際に作曲の仕事をしていると、注文の多い料理店じゃないけど、注文の多い委嘱っていっぱいあるわけです。たとえば何々市の百周年ですとか、ホールの杮落しとか、どこどこのオケのアニヴァーサリーとか。そういうときに勝手にシンフォニーってわけにもいかない。どうしても祝典序曲とか交響詩みたいになったりする。と、逆に自分の書きたい作品を書くチャンスが大切になってくる。そのときに、絞っていくとタイトルがシンフォニーになってしまう、って感じですね」

──バースデーコンサートでは《9番》が最後で、その前に2つの作品があります。全体のコンセプトというのはおありでしょうか?

「大自然。そしてそこにいる人間、という構図ですね。今回選んだ長田さんの詩も全部そういうことを考えている詩です。ただ、思ったより長くなっちゃってね(苦笑)」

「サントリー芸術財団サマーフェスティバル2013」をプロデュース

──「サマーフェスティバル」の関わりはプロデュースが中心ですね。

「今まではもう一観客として楽しんできましたけど、ここでの企画はこれまでとは変えてみたい、と。学者と違ってそんなに情報も持っていないし、僕に何が出来るかって考えたら、作曲家としてはわりあいいろんなことやっている人間なので(笑)、その、いろんなことやっていること、全部僕という一人の人間に関わっているってことが、結果的ににじみでるようなプログラムを作ろうと思ったというか、それしかできない。

自分が聴きたいし、やってみたかったこと、なかなか自分がやりたいと思ってもそう自由にいかないこと。たとえば演劇と音楽のコラボなどは、こういうチャンスじゃなきゃ出来ない」

──2つの大ホールのプログラムと、2つのブルーローズのものとあって、その組み合わせ方が面白い。一方は普通のコンサート、他方はそれと違う。ダンスがあり、インプロがあり、芝居、演劇的な、と、そういうコントラストが、です。

「リゲティは入れておかないと、とおもってね。ジャズやって、民族音楽やって、ダンスやって、演劇やる…じゃ、おまえ本分は何かって、やっぱり僕は現代音楽の人間ですよ。一番関心があったことをやりたい。はじめは、ベリオの《セクエンツァ》を全部やろうと思ったんですけど、大変なんです。で、リゲティのピアノ・エチュードを全部やることにしました」

──たぶん、リゲティの音楽は、他の音楽に「くっつける」ことができる。語法的にも、音楽に対しての姿勢としても。それに、非ヨーロッパ圏の音楽ってものに関心を向けられた、ということもあるのかと。また、リーバーマンの作品がライヴで聴けるのもうれしいところです。ちょっと懐かしい(笑)。

「懐かしい。だって僕が聴いたのが中学か高校のときだもの。すぐスコア買ってきたんですよ。で、それ以来まったくでも聴いたことないから、あれもやっちまえ、と」

──(鈴木)大介くんがエレクトリック・ギターで野平一郎作品をやるのも聴きどころでしょう。エレクトリックで、コンチェルト、というのははじめてですから。また、池辺さんの「誕生祝い」の作品というのがおもしろい。海外ではよくありますね、短い作品で祝うというようなものが。

「そこだけは僕の企画じゃないんです。会議のときに、野平くんと西村くんがこういうの入れようよって、言ってきたんです。だけどね、西村も野平も還暦なんだよ。そのこともちゃんと告知しておかなくちゃね(笑)」

──わたし自身はこの「演劇」とのプログラムを知らないので、とても気になっています。

「ストッパード/プレヴィンのひじょうにシンプルな曲なんですけどね。途中こどもがわらべうたみたいに歌ったり。初めて知ったのは、70-80年代だったとおもいますが、やってみたかったけど、なかなか機会がなかった。

これは冷戦構造時代のソ連を舞台にしているわけです。今やるのは意味がないって説もあるんだけど、僕は、今だからこそやりたい。さっきの社会的な発言というのにも関わるけれど、今は冷戦構造、壁は崩れた、イデオロギーの壁は崩れたけど別の壁がたくさん出きているし、核抑止のにらみ合いは依然としてあるわけですよね。だからむしろ、冷戦時代のものを上演することによって、今、現代のわれわれが学び取る物が依然としてあると僕は思いたいです。だからあえてやろう、と」

──どれもそうですけれど、複数の人がいろんな形で音楽と関わるって言うことが全体としてあるようにおもえます。それも、音楽だけではないものとの関わりが。もちろん音楽家同士であっても、ジャンルが違うとか。他者と出会う、とでも言い換えましょうか。そう考えると、たぶん、わたしもずっと池辺さんの仕事を見ていて、ああ、この人はやっぱり人が好きなんだな、と思うんです。

「まったくそうだと思いますね、人が好きなんですね」

──武満徹さんもそうだったかもしれないとおもったりするわけです。ワイワイ人がいて、そのなかで醸成され、盛り上がる。それがまさに社会だっていうことなのかも、と。

「そうそう。まったくおっしゃるとおりで、僕の社会に対するコンセプトとこの企画のコンセプトはまったく同じ土俵の上にあるんです」

LIVE  INFORMATION
『作曲家・池辺晋一郎  70歳バースデー・コンサート』

池辺晋一郎:悲しみの森─オーケストラのために(1998)
木に同じく─チェロ協奏曲(1996)
交響曲第9番─ソプラノ、バリトンとオーケストラのために(2013)
[世界初演]
出演:下野竜也(指揮)向山佳絵子(vc)幸田浩子(S)宮本益光(Br)東京交響楽団
9/15(日)15:00開演
会場:東京オペラシティ コンサートホール:タケミツ メモリアル
http://www.operacity.jp/

『サントリー芸術財団  サマーフェスティバル2013』
ザ・プロデューサー・シリーズ 池辺晋一郎がひらく

『ジャズ、エレキ、そして古稀』
9/2(月)19:00開演 大ホール 演奏:杉山洋一(指揮)鈴木大介(eg)角田健一ビッグバンド 東京都交響楽団

『インプロヴィゼーション×ダンス』
9/6(金)19:00開演 ブルーローズ 演奏:常味裕司(oud)太田惠資(vn)本篠秀五郎(三味線)紫竹芳之(笛)クリストファー・ハーディ(perc, ds)フレデリック・ヴィノエ(P, key)ダンス:白井さち子、鈴木美奈子、田村裕子 他

『リゲティを消化しよう!─3人のピアニスト』
9/8(日)15:30開演 ブルーローズ 演奏:菊地裕介、金子三勇士、 泊真美子(P)

『演劇とオーケストラが出会うとき』
9/10(火)19:00開演 大ホール
ストッパード×プレヴィン『良い子にご褒美』(1976)
村田元史(台本翻訳・演出)飯森範親(指揮)出演:劇団 昴、東京交響楽団
会場:サントリーホール
http://www.suntorysummer.com



カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2013年08月20日 15:09

ソース: intoxicate vol.105(2013年8月20日発行号)

interview & text : 小沼純一(音楽/文芸批評家、早稲田大学教授)

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