CLARK 『Feast/Beast』
『Feast/Beast』——響宴と野獣のはざま、冷静と情熱のあいだ、オリジナルとリミックスの境界、夜と朝の間に、ひとりのクラーク。その偏執的な中身とは……
同じことを繰り返したくはない
2001年、クリス・クラーク名義でワープからリリースされたアルバム『Clarence Park』でデビューを飾ったクラーク。つんのめるように打ち鳴らされるビート、メランコリックなメロディー、美しいピアノの旋律、不穏なノイズ、レイヴィーなシンセが渾然一体となって収められたこのエレクトロニカ作品は、多くの人に衝撃を与え、エイフェックス・ツインやボーズ・オブ・カナダを引き合いにして語られるほど鮮烈なインパクトを残した。その後、2012年までに6枚のフル・アルバムをワープから発表。ストレートかつ攻撃的なダンス・トラックにアプローチした『Turning Dragon』(2008年)、エレクトロニクスと距離を置き、オーガニックなサイケデリアを纏った『Iradelphic』(2012年)の違いに顕著だが、作品ごとに激しく作風を変えていく、狂気を秘めたスタンスがわれわれを煙に巻き、その予測不可能な音楽性が彼のトレードマークとして確立される一方、そのアーティスト然とした姿勢が彼の才気を炙り出し、いまや名実共にレーベルの顔へと成長させた。その鬼才ぶりは先日出演した〈TAICOCLUB〉をはじめ、〈Electraglide〉や〈SonarSound Tokyo〉でたびたび日本を訪れては披露されているので、実際に強烈な体験をした人も多いことだろう。さて、そんなクラークが昨年のEP『Fantasm Planes』から1年足らずで新作を完成させた。それがCD2枚組から成るリミックス・ワーク集『Feast/Beast』である。
「この作品はただリミックスを集めたというものではないんだ。実際、このアルバムのコンセプトに合わないから入れてないリミックス仕事もたくさんあるし、まとめるためにプログラミングもし直したりしたしね」。
クラークの作品を改めて聴き直してみると、シーンのトレンドに見向きもせず、常に新しいことへチャレンジしていることがわかるが、過去のインタヴュー記事でも〈同じことを繰り返したくはない〉という趣旨の発言を幾度となく繰り返していることを考慮すると、新たな手を加えてまで臨んだ本作は、彼が活動初期から掲げるポリシーを徹底した証であり、オリジナル・アルバムと位置付けても遜色のない大作へと昇華されていると言っていいだろう。
「『Feast』(Disc-1)はパーティーが始まる前の静寂だったり、ピークタイム前のような時間を彩る楽曲たち、逆に『Beast』(Disc-2)はパーティーで大騒ぎするような絶頂を表すようなコンセプトで収録曲は分けたんだ」。
次は違ったことがやりたい
自身が手掛けたマッシヴ・アタックやデペッシュ・モードのリミックス、ビビオやネイサン・フェイクによって再構築されたクラークの楽曲、そしてライヴ・セットに組み込まれているさまざまな音源の他、タイプも制作された年代も異なる曲たちが一堂に会してはいるものの、どちらのディスクからも〈コンピレーション〉の持つヴァラエティー感が取り除かれ、細やかな配慮が行き届いた選曲と配置の妙でストーリー性を与えられ、コンセプト・アルバムとして成立している点も見逃せないだろう。これに関しては、どの素材も自分のカラーへと染め上げてしまうクラークだから成し得たという見方もできるが、そもそもリミックスという行為自体にかなり腐心しながら対峙しているようなので、本作の完成度が異常に高いことも納得ではある。
「実際、誰かの曲を自分の曲のように仕上げるのはとても難しい作業なんだよ。でもやりがいもあるしね。それはオリジナル作品もそうで、もともとアコースティックなギターだけで作られたものと、クラブ・ミュージックのようなもの、ビート・ミュージックを折衷して自分の作品に落とし込んでいくのはなかなか難しいんだよね」。
今回の作品には、全30曲中、ネイサン・フェイク“Fentiger”やバトルス“My Machines”(本作でクラークがもっとも気に入っているリミックスで、ライヴ・セットの常連曲でもある)のクラーク・リミックス他、計13曲もの未発表音源が収録されている。「通して聴いても楽しめるものにしようと心掛けたよ」とクラークの言う徹底ぶりがこういったところにも表れているようだ。そしてこの未発表音源のなかにはクラーク自身の名義による2つの新曲も含まれていることを忘れてはいけない。
「“Alice(Redux)”は完全な新曲だよ。“Suns Of Bear Paws Kicks”は『Totems Flare』に収録されてる“Suns Of Temper”のオルタナティヴ・ヴァージョンなんだよね。“Suns Of Bear Paws Kicks”は自分の曲だし、『Beast』にすごくハマると思って入れたんだよ。“Alice(Redux)”は、実はある人のリミックス・トラックとして制作を始めたんだけど、その話がなくなっちゃって、元の曲の要素を排除して自分のオリジナルとして完成させた。結果、本作の『Feast』のコンセプトにうまくハマるし、特にこのネイサン・フェイクの曲のあとにこの曲がくると流れがバッチリだなと思って収録することにしたよ」。
ネームヴァリュー重視のリミックス集が多いなかで、これほどトータルでの出来を追求した〈リミックス・アルバム〉もそうそうあるものではない。これだけ凄みのある作品を聴かされると、勝手ながら続編を期待してしまうところだが、本作をもってリミックス・ワークには一区切りつけるとのこと。そのこと自体はとても残念ではあるものの、これまでのクラークのキャリアを振り返ればおのずと想像が付くように、彼の視線はもう先を見据えている。
「まだ具体的なイメージは固まってないんだけど、バンドとコラボレーションしたり、いまもやってるんだけどピアニストとセッションしたりしたいかな。ずっとひとりで作ってきたから、次のアルバムではいままでと違ったことがやりたいんだ」。
▼関連盤を紹介。
左から、エイフェックス・ツインの96年作『Richard D. James Album』(Warp)、ボーズ・オブ・カナダの98年作『Music Has The Right To Children』(Skam/Warp)、マッシヴ・アタックの2010年作『Heligoland』(Virgin)、デペッシュ・モードの2013年作『Delta Machine』(Columbia)、ビビオの2013年作『Silver Wilkinson』(Warp)、ネイサン・フェイクの2012年作『Steam Days』(Border Community)、バトルスの2012年のリミックス・アルバム『Dross Glop』(Warp)
カテゴリ : インタビューファイル
掲載: 2013年08月29日 19:30
更新: 2013年08月29日 19:30
ソース: bounce 358号(2013年8月25日発行)
構成・文/青木正之