インタビュー

大江千里

"The Individualism of Senri Oe"
ジャズピアニスト大江千里
2作目にしてビックバンドに挑む!

ニューヨークを拠点に活動するジャズ・ピアニスト、大江千里のニューアルバム『Spooky Hotel』が完成した。というふうにサラッと書き始めたが、日本では知らない人はいない彼がニューヨークの音楽大学を卒業し、再デビュー・アルバム 『Boys Mature Slow』を引っさげて凱旋したのがもう1年前。そして2枚目に用意されていたのが、ニューヨークのジャズメンを起用してビッグバンド・サウンドに取り組んだ本作である。軽やかにして確かな彼の足取りを見ながら、いま本当に頼もしく思っている次第なのである。それにしてもビッグバンドとは、プレッシャーは無かったのだろうか?

「プレッシャーはありましたよ。本当にできるのかと。でもこちらの音楽仲間にデモを聴いてもらって相談したところ、『経験の有無なんて気にするな。君のアレンジにはホーンのアレンジャーが考えつかないようなおもしろいボイシングやフレーズがあるから、それを丁寧にやれば問題ない』と言われて。イチかバチかやってみようと決断したんです」

架空のホテルにチェックインしてからチェックアウトするまでの時間、そこで起きた出来事が音で語られていくというストーリー性のある作りとなった『Spooky Hotel』。ジャズピアニストという顔しか知らない海外のリスナーにとって、この2作目の飛躍ぶりは少なからず驚きを与えるかもしれない。

「『Boys Mature Slow』はオールドスクールなアルバムでした。あれを作ったことによって自分のなかで可能性が広がって、いろんな曲が出て来たんです。収まりきらないというかね。それを収拾するには強力なコンセプトがあるアルバムがいいと思いまして。もともと映画や舞台の〈グランドホテル形式〉が好きだったし、〈絵のないサウンドトラック〉で人生を音楽にしてみようと思い立ったんです」

ケヴィン・バーカーがジョン・ヘンドリックスばりのスキャットが炸裂する《Spooky Smile》、スティングのツアー・メンバーであるジョー・ロウリーが気品と知性に溢れた歌声を披露する《Intellectual Lover》というふたつのヴォーカル曲も素晴らしい本作。コースターズのヒット曲というか、ギャング映画のテーマ曲のようなリフを使った《Swab Family》をはじめ、ノスタルジックなテイストを持つ曲が多いのも特徴と言えよう。

「このアルバムをどんな人が聴くのか、というのをまず考えました。《Love Strictly》などは例えば(大江の母校である)ニュースクール大学でジャズをめざしている学生が好きそうな、いまのニューヨークっぽいモーダルなサウンド。なので、ノスタルジックなテイストの《Swab Family》はフラッグ的だしキャッチーだけれども、少し曲順的に後ろに持ってこよう、というふうに工夫しました。いまこのアルバムを聴くアメリカ人は 「アダムス・ファミリー」を再々放送で見たような世代だと思うんです。大きな特徴である〈ノスタルジア〉。逆にこれを全面に出さない構成がアルバムに陰影をつけてエンターテインメントさせることになったと思います」

ところでビッグバンドのアルバムで好きなものは? と訊くと、ギル・エヴァンスの『The Individualism of Gil Evans』だという返事が。

「ビッグバンドをビッグでやる楽しさもありますが、あえてスモールに使う醍醐味ったらないですね。ギル・ エヴァンスなんかその第一人者って感じで、静かにピアニシモで全編をたゆたうようにホーンをはべらせつつ、一か所ここぞってところでフォルテシモを作って心にぐっとこさせる。そんなダイナミズムが魅力ですよね」

もし邦題をつけるなら〈大江千里の個性と発展〉とつけるのがふさわしい『Spookey Hotel』は、前作に比べて間口の広さが何よりも魅力的だ。ジャズ特有のダイナミズムを追求しつつ、独自のユーモアやセンチメンタリズムを散りばめながら、いっそう広い世界を描き出してみせたこの新作は、ジャズミュージシャン、大江千里のどんな進歩を映し出していると思われるか。

「俺はジャズをやってるんだぞって自ら言わなくなったことが進歩でしょうか(笑)。今回の間口の広さは単純にわかりやすいというわけではなくて、ジャズのあれこれを肌の下に隠し持ちつつ間口が広いというスタンスのもの。マニアに通用する作品でありながら、エ ンターテインメントとしても充分に通用するという二刀流をめざしていますから」

最後の質問。これがいちばん訊きたかった。タイムマシーンに乗れるとして、どんな時代に行ってどんな音楽家と共演したいか?

「それはもうビバップのエラ(時代)に行ってみたい。《Boplicity》をテレビスタジオで演奏しているマイルス・デイヴィスのオフカメラで、ケータリングのバイトとしてジュースとか差し入れてみたいです(笑)。共演ということでは、そうですね……ウディ・ハーマンのビッグバンドに紛れ込んで、ツアーを共にしてみたいかな(笑)。あの時代の空気感を味わってみたいし、ミュージシャンにじかにいろいろと教えてもらいたい。いまでも煮詰まると《Four Brothers》とかをよく聴くんですよ」

LIVE  INFORMATION
『12th Tokyo Jazz Festival』

9/7(土)18:00開演  会場:東京国際フォーラムA

『Senri Oe " Spooky Hotel Tour" 2013』
9/9(月) 名古屋ブルーノート
9/10(火) 大阪サンケイホールブリーゼ
9/12(木) モーション・ブルー・ヨコハマ
9/13(金)ブルーノート東京
9/15(日)岩手県民会館(いわてJAZZ 2013)

掲載: 2013年09月06日 14:16

ソース: intoxicate vol.105(2013年8月20日発行号)

interview & text : 桑原シロー