あらかじめ決められた恋人たちへ 『DOCUMENT』
さまざまな〈思い〉のレイヤーで形成される現実を、いかんともしがたい自身の感情を一音ずつ丁寧に積み上げた音の記録──あら恋史上もっとも開かれた新作が登場!
池永正二(鍵盤ハーモニカ:以下同)が「『銀河鉄道の夜』のイメージで作った」と語る冒頭の“カナタ”から度肝を抜かれた。重層的なストリングスと崇高なテルミンの咆哮、エコーをたなびかせるドラムと澄んだピアノの響き、そして、言葉なき歌でエモーションを爆発させる鍵盤ハーモニカの旋律──あらかじめ決められた恋人たちへの新作『DOCUMENT』は、光に満ち溢れたシンフォニック・ダブで幕を開ける。
「アルバムのタイトルは、シンプルに〈記録〉ですね。記録するのに値するような物事が(東日本大)震災を機にいろいろ起きて、むちゃくちゃ濃かったじゃないですか、この2年間って。自分の周りでも、亡くなる人もたくさんいれば、逆に子供が生まれたり結婚する人もいたりとか、そういう現実を自分のフィルターを通して音として記録するっていう作業が、いまの自分っぽいような気がしてて。あと、震災のときは音楽が鳴らなくなった状態、楽しめない状況があったでしょ? だからこそ俺は音楽を鳴らしたかったというか、あの閉じちゃった状況から開くものを作りたいと思って」。
そんな発言の通り、過去作と比べて大きく開かれたムードを纏っている本作。バンド・スタイルで臨んだ2011年作『CALLING』と同じくLAGITAGIDAの大竹康範をギターに迎え、ストリングスやピアノも大幅に導入した華やかなナンバーが先に立つが、その一方、池永のルーツであるパンク~ニューウェイヴや90sテクノ/オルタナが如実に反映されたダンス・チューンももちろん搭載。プリミティヴなビートと抑制されたトーンのウワモノで不敵に挑発する“Conflict”、夜のしじまを思わせるメロウな音像の下にギター・ノイズを敷いた“ヘヴン”、ミニマル・ファンク×ポスト・ハードコアなトラックに深いダブ処理を施した“テン”など、最長だと13分にも及ぶタイム感で展開する楽曲のなかでは、相反する要素や矛盾もポップに響いている。
「“テン”は今回の8曲のなかで最初に出来たんですけど、開いてる曲のなかにあって、“テン”は暗い。でもいちばんウチっぽい感じかな。真っ暗なところに電灯をひとつひとつ灯していって、サビでバーッと光が点く。尺も10分以上あるんですけど、ある物事には見方によっていろんな側面があって、それに対していかんともしがたい自分の感情を一音ずつ積み上げて説明していくと、このぐらいの長さになるんですよね。でもそうすることで、自分の曖昧な思いも伝わるんじゃないかと思って。“ヘヴン”だって、あれ、ギター・ノイズなくしたらそれは違うなって。綺麗すぎるやろって。後半にもね、不協和音がちょこちょこ入ってるんですけど、そのほうが美しい感じがする。光と影とかって話じゃないけど、光ったら必ず影ができるわけで、片方だけ描いても仕方がない。だから両方をまとめてぐにゃって入れたような、そういう音楽をやりたいんです」。
多面的な〈思い〉のレイヤーで形成される現実世界を、音で丁寧に記録した全8曲。そのラストは轟音と柔らかな浮遊感が共存するダブ・ポップ“Fly”だ。配信限定版では吉野寿(eastern youth)が詞を寄せている。
「吉野さんの歌詞に〈飛ぶように落ちていく〉ってあって、すげえなって。確かにそのイメージだったんですよ。ノイズが巻き上がって、飛ぶ。浮く。で、ストンと落ちる。映画で言うと、そこで真っ暗になって、パッと明かりが点いて、〈じゃあお家へ帰ろうか〉みたいな感じですね」。
「制作し終わって、〈自分は何を記録してたんだろう?〉と作品を俯瞰で見たときに浮かんだテーマは〈旅立ち〉。全体ではロードムーヴィー的なイメージだった」という『DOCUMENT』。音の記録たちに触れてカナタへと旅立った意識が現実に戻ったとき、そこからどこへ向かって一歩を踏み出すかはあなた次第だ。
▼関連盤を紹介。
左から、あらかじめ決められた恋人たちへの2011年作『CALLING』、2012年のEP『今日』(共にPOPGROUP)、LAGITAGIDAの2013年作『TUTELA!!』(levitation)
- 次の記事: 池永正二は働き者!?
カテゴリ : インタビューファイル
掲載: 2013年10月24日 17:50
更新: 2013年10月24日 17:50
ソース: bounce 359号(2013年9月25日発行)
インタヴュー・文/土田真弓