インタビュー

MACHINEDRUM 『Vapor City』



縦横無尽にビートを操る魔人が彷徨の末に辿り着いたのは、毎夜の夢に浮かぶ街の一角だった——緻密にして豪放な機械の太鼓に導かれ、あなたも今宵『Vapor City』の密林へ旅に出よう



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ニンジャはきっかけをくれた

2011年の『Room(s)』は、マシーンドラムというフォルムへの認識を完全に更新させる、明快な記念碑だったと思う。2000年代序盤からマイアミのマークを拠点に名を広めてきた彼だが、拠点をNYからベルリンに移した時期も良かったのだろう。『Room(s)』を発表したプラネット・ミューもジューク/フットワークとのリンクで再脚光を浴びていたバッチリのタイミングではあった。一方では、EPの『Many Faces』(2010年)で先んじて縁のあったラッキーミーからも定期的に作品を重ね、さらにホットフラッシュではセパルキュアを始動。昨年はポスト・ジューク的なジャングルを披露するジム・コールズとのドリーム・コンティニュアムでプラネット・ミューにEPを残し、ジミー・エドガーと組んだジェッツでもEPを出している。その間にはレイザー・スウォードやローンとのコラボもあったし、彼の“Van Vogue”などをジャックしてきたNYの女性MC、アジーリア・バンクスの“Luxury”をプロデュースしたことも話題になったものだ。

そんな賑やかな活躍のなか、今年に入って彼が契約相手に選んだのはニンジャ・チューン。先行シングル“Eyesdontlie”に続くニュー・アルバム『Vapor City』はその最初の成果となるが、収録曲はNYにいた頃から週に何度も夢の中に現れてきた街に着想を得たものだそうだ。

「夢の中で僕はその街全体をよく知っていて、毎回同じ通りや店やクラブが見える。実際は行ったこともないのになぜか親しみを感じるんだ。建築は大部分がNYのもので部分的にベルリンのものから成っていて、古いものが新しい建築に融合されたような感じだったな。ベルリンに移ってからも半年は同じ夢を見続けていたんだけど、その夢をもっとクリエイティヴな観点から探求したほうがいいと思った。その夢を見続けたことには何か理由が必ずあるはずだからね」。

当初は「同じ夢を繰り返し見るのが不安になった」そうだが、彼はそんな不思議を創作の糧にしたのだ。トラック制作のスタートは『Room(s)』の音をプラネット・ミューに渡したのと同タイミングだそうで、彼は夢=自身のイマジネーションからアイデアを拾い上げて、およそ70曲を仕上げたという。

「最初はまだ自分の見る夢とトラックを結びつけていたわけじゃないけどね。それから1年半の間に膨大なトラックを完成させていった。それと同時にニンジャ・チューンとアルバム制作の話を始めた。彼らは僕が手掛けていた曲を一枚の作品にまとめ上げるきっかけをくれたんだ」。



一周回って元に戻った

そうやって誕生した『Vapor City』には、ダブステップやジュークに邂逅して以来の彼のモードがバランス良く持ち込まれている。なかでもキーになっているのはジャングルを意識したビート・パターンだ。

「自分のアルバムすべてに共通しているんだけれど、僕自身が気に入っていたり、興味があったり、または実際に実験を試みている様子を表現しようとしているんだ。『Room(s)』ではジャングルのリズムにジューク/フットワークと繋がるものを発見した。それは間違いなく実験だったよ。そして、基本的にはアイデアを何度も考え直したり変更したりするのに時間をかけるのではなく、できるだけ素早く作るっていう、曲作りの新たなアプローチを見つけた。今回の『Vapor City』ではそのアプローチを少し洗練させてみたんだ。スタイル的にはイグジット寄りのドラムンベースを用いている。僕はドラムンベースとジャングルをたくさん聴いて育ったし、マシーンドラムを始めた当初はヒップホップとジャングルの間にある関係を探求したかった。いまはそこから離れたけど、過去数年間に関しては、違った観点から原点に戻ろうとしていたような気がしている。BPM80や90でジャングルのトーンを使ったヒップホップ・トラックを作っていたのが、BPM160、もしくは170でヒップホップのトーンを使ったジャングル・トラックを作っている。BPMチャートを一周回って元に戻った感じだね」。

確かに、あれこれ当世的な形容もできる先行シングル“Eyesdontlie”を聴いて、普通にマーク時代のグリッチ・ホップやドリルンベースを思い出す往年のIDMファンがいてもまったく不思議じゃない。人の見る〈夢〉が現実の体験と無意識下の想像や願望を混合した脳内風景の反映だとすれば、夢で輪郭を掴んだイマジネーションをうつつで楽曲の姿にエディットしたようなアルバムの成り立ちは、まさしくマシーンドラムの積み重ねてきたキャリアと内にある志向をミックスする作業だったのだろう。

ドリルン・ダンスホールなオープナーの“Gunshotta”や熱を帯びたジャングル調のシンセ・チューン“Rise N Fall”、クリック&ジュークとでも呼びたい“SeeSea”では、ある種の懐かしさと決定的な新鮮さ、格好良さが奇妙に溶け合っている。一方で、くぐもった男声が旋回するオリエンタルなダブ・サイケデリコ“Don't 1 2 Lose U”やメロウな女声の漂う官能シンセトロニカ“Center Your Love”、アンビエントな“U Still Lie”は文句ナシに時流を弁えたドリーミー・ポップ。ジェシー・ボイキンスのマイルドな歌唱を伴った深海系の“Baby It's U”でゆっくり沈んでいく幕引きまで、いつになくアルバムとしての〈らしさ〉すら感じられる、良いアルバムである。そして、そんな佇まいは、全10曲トータル53分という長さや夢の街をあしらったアートディレクションも含め、意図的に整えられたもののようだ。

「思い出に残るような一つの体験としてのアルバム鑑賞に回帰したかったのかもしれない。ラップトップでのカジュアルな音楽鑑賞ではなく、特別な音楽体験を僕はここで作り出したかった。90年代後期にワープから出ていた、例えばボーズ・オブ・カナダやオウテカのアルバムって、アートワークやそのミステリアスな感覚も含めて、単なるアルバム以上のものだったと感じているんだ。ここ1、2年でその時代のアルバム鑑賞のあり方が戻りつつあるように感じるし、今後がすごく楽しみだよ。そういうアルバムのほうがもっと長期的に聴くし、より思い出に残ると思うんだ」。

奇しくもPerfumeと同じことを言ってるよ……ってことで、聴き手を特別な夢の街へと誘う『Vapor City』。ただ、ここにある音はあなたを簡単には眠らせない。



▼関連盤を紹介。
左から、レイザー・スウォードの2012年作『Memory』(Monkeytown)、ローンの2012年作『Galaxy Garden』(R&S)、アジーリア・バンクスの2012年のミックステープ『Fantasea』(Kila)

 

▼セパルキュアのアルバム未収録曲が聴ける作品。
左から、“Taking You Back”を収めた2011年のコンピ『Back And 4th』(Hotflush)、 “Deep City Insects”を収めたアナ・シアのミックスCD『Surreal Estate』(Frite Nite)、“Fleur”を収めた2012年のコンピ『Future Sound Of Jazz Vol.12』(Compost)

 

▼マシーンドラムのリミックスが聴ける作品を一部紹介。
左から、Jemapurの2006年作『Dok Springs』(Hydeout)、ジェシー・ボイキンス3世の2009年作『The Beauty Created』(CIRCULATIONS)、ポワリエの2010年作『Running High』(Ninja Tune/BEAT)、ボノボのリミックス・アルバム『Black Sands: Remixed』(Ninja Tune)

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2013年10月09日 18:00

更新: 2013年10月09日 18:00

ソース: bounce 359号(2013年9月25日発行)

構成・文/出嶌孝次