「舟を編む」 石井裕也監督インタビュー
[ interview ]
辞書の編集に打ち込む人々の人間模様を、温かな眼差しで描いて大ヒットを記録した「舟を編む」。松田龍平、宮﨑あおい、オダギリジョーなど、華やかなキャストの共演も話題になった本作で、監督を務めたのは「川の底からこんにちは」(2010年)で史上最年少のブルーリボン賞監督賞を受賞した期待の新鋭、石井裕也だ。辞書作りにも通じる映画作りの舞台裏について話を訊いた。
松田さんは狂気っぽさと同時に可愛らしさも持っているので、それを活かしながら役を作り上げていきました。
―本作は三浦しをんさんの小説の映画化ですが、石井監督にとって原作付きの映画は初めてですね。
「そうですね。僕の中から出て来ない世界観を映画にするという面白さがありました。ただ、三浦さんの子供と結婚するみたいな感じもあって(笑)、気は使いましたね」
―人付き合いが苦手な主人公、馬締(まじめ)を松田龍平さんが演じたのは意外でしたが、すごくハマってましたね。松田さんの新しい一面が引き出されていました。
「完全に別の人間を演じてもらうというより、松田さんが本来持っているものを活かしながら役を作り上げていった感じですね。松田さんは狂気っぽいものと同時に愛嬌とか、可愛らしさも持っているので。完成した映画を見て、松田さんは〈これは自分じゃない〉って言ってましたけど、僕にとっては松田さん本人と近い印象はあるんですよ」
―馬締がオダギリさんが演じる同僚の西岡となんとか仲良くなろうと、出勤中にいきなり西岡の腕を掴むシーンは馬締のキャラが伝わってきて微笑ましかったです。
「あそこは難しいシーンで。松田さんに〈ガシッと腕を掴んでくれ〉って言ったら、〈いや、馬締には無理でしょう〉って。〈でも、騙されたと思ってやってみ〉、〈え~っ〉っていうやりとりの後に撮ったんです。馬締は人との距離感が掴めないやつだから、そうなるだろうというのが僕の中ではあって。撮影の後、松田さんも〈そういうことか!〉って納得してました」
―そんな馬締がいろんな人と繋がって辞書作りに取り組んでいく。映画の中で〈言葉はコミュニケーションツールだ〉というセリフも出てきますが、人の絆というのが本作のテーマのひとつにありますね。
「(映画の題材になった)〈言葉〉というものを映画にするのは相当難しいことなんです。だから今回は、言葉以外のコミュニケーションで心が通じ合う瞬間を描くことで、逆に言葉というものが浮かび上がってくるという手法をとりました。とくに意識したのは肉体的な触れ合いで、馬締が西岡の腕を突然掴むシーンもそうですが、例えば松田さんと宮﨑 さん(馬締が想いを寄せるヒロイン、香具矢を演じた)は映画のなかで一度だけ身体が触れる。そういう描写を大切したつもりです」
―なるほど。でも、辞書作りと映画作りって似ていますね。世代を越えて大勢の人々がひとつのものを作り上げてあげていく。ベテランから若手に受け継がれる技術や想いがあったりもして。
「今回の現場は結構、歳が離れたスタッフが多かったんですが、ベテランの方々って映画に対する姿勢がマジなんですよ。映画作りに対して妥協しないし、可能性を感じている。そういう姿勢って僕らの世代には感じられなかったもので圧倒されましたね。それを受け継ぐ、というと傲慢な言い方かもしれませんが、そういうところはこれから参考にしていきたいと思ってます」
■Profile…石井裕也(いしいゆうや)
1983年、埼玉県出身。大阪芸術大学の卒業制作として監督した『剥き出しにっぽん』(2005年)が第29回ぴあフィルムフェスティバル「PFFアワード2007」にてグランプリ&音楽賞(TOKYO FM賞)を受賞。2008年、アジア・フィルム・アワード第1回「エドワード・ヤン記念」アジア新人監督大賞を受賞し、国際的にも注目を浴びる。第19回PFFスカラシップ作品『川の底からこんにちは』(10年)は第53回ブルーリボン賞監督賞を歴代最年少で受賞。本作が、第86回米アカデミー賞外国語映画部門の日本代表作品に選出された。
掲載内容:2013/11/10号掲載