Antonio Loureiro
世界のどこでもない場所=ミナスで育まれる未来の音楽
サンバ/ボサノヴァにはじまるブラジルの音楽紹介の構図が21世紀に入って静かに変わりつつある。そのきっかけを作ったのがミナス・ジェライス州関連の音楽だ。サンパウロに生まれ、ミナスの大学で音楽を学んだピアニスト/歌手アントニオ・ロウレイロの音楽もその好例と言えるだろう。彼の音楽の中ではブラジルのリズムやジャズの即興やクラシックのハーモニーが従来にない形で分かちがたく結びついている。
「音楽との出会いは胎内にいたとき(笑)。両親とクラシックのコンサートによく行ったし、両親の聞いていたピンク・フロイドから、自分で好きになったマイケル・ジャクソンまで、ジャンルに関係なくいろんな音楽を聞いて育った。母がピアニストだったので、クラシックのピアノを学んだけど、譜面が好きな子供はいない(笑)。それでミナスの大学に入って、自由に感情を表現できる打楽器を学んだんだ。ピアノに戻ったのは作曲がしたくなってから」
彼にとっては「自由に」が音楽をやるときのキーワードのようで、取材中、何度もその言葉を口にしていた。日本盤の出たセカンド・アルバム『ソー』についても「ファースト・アルバムは作りこんだ曲が多くて、制作にすごく時間がかかり、閉じられたアルバムになった気がしたので、『ソー』ではできるかぎり自由に演奏しよう、音そのものを楽しもう、音がミュータント的に変異していくことも楽しもうと思った」と語っていた。「たとえばアルバム1曲目の《水を想う》は、一人ですべて演奏したので、すごく早く録音できた。ぼくはいつもその場で思いついた演奏を大切にするようにしている。何度かテイクをとっても、結局、最終的には最初のテイクを採用することが多いんだ」
彼の作品は曲の途中で転調したり、リズムが変わったりする複雑な構成を持つものが少なくない。
「打楽器奏者だったからリズムを大切にしている。それは自分の中から生まれてくるもの。もちろんいろんな音楽のリズムの影響も受けている。たとえば《ボイ》にはマラニョン州の、《私のシランダ》にはペルナンブーコ州のリズムが反映されている。でもいろんな音楽から影響を受けているので、特定の場所に限定できないところもある。それはミナス音楽の特徴だと思う。たとえばミナスの複雑なハーモニーは、アンドレ・メーマリが言っているように、バロック音楽にまでさかのぼれるものだと思うしね」
アカ・セカ・トリオをはじめとするアルゼンチンの若手ミュージシャンと交流のある彼。8月の来日公演では日本人との共演も呼吸が合っていたので、彼の音楽の世界はまだまだ広がる可能性がありそうだ。