インタビュー

Kristjan Järvi



「ようやく指揮者としての自分を発見した」

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父ネーメ、兄パーヴォに比べ控えめな印象にとどまっていたヤルヴィ家3番目の指揮者、クリスチャンがソニー・クラシカルとの契約を機に、日本でもぐっと存在感を増してきた。

「何をなすべきか知っていたつもりだが、それをどう入手し、実現させるかがわからなかった。最終的に『指揮者としての自分』を発見できたのは、ほんの数年前のことだった」と、本人も率直に打ち明ける。「例え1回の客演であっても『私のプログラム』『独自のアイデア』を貫く。逆に言えば、お仕着せやしっかりしたコンセプトのない曲目は客演でも今後、一切振らない」と、クリスチャンは不惑(40歳)を境に決めた。

2013年10月16日、サントリーホールでの東京都交響楽団との初共演ではラフマニノフ《コレッリの主題による変奏曲》の管弦楽版(ドゥンブラヴェーヌ編)とプロコフィエフの《ピアノ協奏曲第3番》(独奏=小山実稚恵)、ストラヴィンスキーの《バレエ音楽『火の鳥』》組曲(1945年版)を並べた。ちょっと見にはロシアの名曲プログラムだが、根底には「米国亡命後の仕事」というコンセプトがあり、『火の鳥』も米国で出版した1945年版とした。

2014年3月、読売日本交響楽団への客演は友人でコラボレーターの作曲家、ジーン・プリツカーにクリスチャンが委嘱、2012年のハリウッド映画『クラウド・アトラス』の音楽から編み直した管弦楽曲(クラウド・アトラス交響曲)の抜粋で始め、ハリウッド時代のコルンゴルトがヤッシャ・ハイフェッツのために書いた《ヴァイオリン協奏曲》(独奏=パク・ヘユン)を経て、ナチスを逃れて亡命したシェーンベルクにとって米国での初仕事に当たったブラームスの《ピアノ四重奏曲第1番》の管弦楽編曲で終わるプログラム。19世紀以降6つの時代の物語を連ねた映画『クラウド・アトラス』に匹敵する歴史の視点がある。

ただコンセプトを打ち出すだけではない。都響とのプロコフィエフでもリズムをうんと効かせ、第2楽章ではジャズのブルースの影響を強調して、紛れもなく「米国時代の作品」であると納得させた。それはソニーとの契約第1作、2012年から音楽監督を務めるMDR(中部ドイツ放送協会)ライプツィヒ放送交響楽団を指揮したオルフの『カルミナ・ブラーナ』の鮮烈な演奏からも、はっきりと聴き取れる。筆者はクリスチャンの録音に触れて初めて、オイゲン・ヨッフムやクルト・アイヒホルンら作曲者と同時代の巨匠たちの名演による呪縛から解き放たれた。クリスチャンが描くのは中世ドイツの素朴、あるいは純朴な庶民生活のホンワカ感ではなく、「野蛮極まりない響きを『春の祭典』のドイツ版といって過言ではない衝撃、クオリティとともに20世紀へよみがえらせたオルフの恐ろしさ」であり、「通常のカンタータ、オラトリオのようには絶対、指揮したくなかった」と打ち明ける

1990年のドイツ再統一後、旧ライプツィヒ放送局がMDRの中枢として改組されて以後も交響楽団、合唱団、児童合唱団、音楽祭は一体に運営され、柔軟に組み合わされてきた。「MDRの音楽スタッフには最先端を行く気性があり、世界のオーケストラ・シーンでのセンセーショナルな成功をもくろんでいる」という。世界最古のオーケストラの1つ、ゲヴァントハウス管弦楽団(1743年発足)が「古典の王道を歩んでいることは、MDR放送交響楽団との共存をたやすくしている」。

クリスチャン自身、「演奏会のコンテンツ、パフォーマンスのあり方は時代とともに少しずつ更新されるべき。最大の問題は定期演奏会のマンネリ化で、どんな名門レストランでも100年間、まるで同じメニューを出しはしないのに、オーケストラでは平然と行われている」と判定。高齢の聴衆は「音楽を教養の一部と受け止め、時間をかけて理解してきた最後の世代」だが、クリスチャンは「知的好奇心だけで人々が動かなくなった以上、今の世界にふさわしい“生き物”としての音楽をどう提供するか」をMDRのスタッフたちと、真剣に考えている。1)ジーン・プリッツカーの《クラウド・アトラス交響曲》全曲、2)ウィーンからイスタンブールへの道のりの途上にあるマケドニア、ボスニア=ヘルツェゴビナ、ルーマニアなど「バルカン半島の音楽集」、3)現在のコンポーザー・イン・レジデンスであるタン・ドゥンの『ニーベルングの指環』(ワーグナー)に基づく新作ほか……と、すでにMDRで制作した3点の録音は、その見事な証と言えよう。

ソニーからの次のリリースはニューヨークで同時代の作品を演奏するため、プリッツカーらと旗揚げした「アブソリュート・アンサンブル」にピアノのシモーネ・ディナースタインらを交えた『BACH RE-INVENTED』。原曲がロック、ヒップホップへと軽やかに変転する奇跡の録音だ。「CDはコンセプトのショウケース。本当のクリエーションはライヴ」と言い切るクリスチャンは今年6月、ライプツィヒのバッハ祭に同じ顔ぶれで乗り込み、市中心部のマルクトプラッツでの野外コンサートを打った。「何千人もが踊り出して、バッハもご満悦だったはず。彼の音楽が21世紀の人々を熱狂させる様を、次はDVDに収めたい」と、意気軒昂である。



LIVE INFOMATION


『クリスチャン・ヤルヴィ(指揮) 読売交響楽団』

『第164回 東京芸術劇場マチネシリーズ』
●3/22(土)14:00開演
会場:東京芸術劇場

『第70回 みなとみらいホリデー名曲シリーズ』
●3/23(日)14:00開演
会場:みなとみらいホール

曲目:ジーン・プリッツカー:「クラウド・アトラス」交響曲から(日本初演)/コルンゴルト:ヴァイオリン協奏曲二長調作品35(ヴァイオリン:パク・ヘユン)/ブラームス〜シェーンベルク:ピアノ四重奏曲第1番



カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2014年01月10日 10:00

ソース: intoxicate vol.107(2013年12月10日発行号)

interview&text : 池田卓夫(音楽ジャーナリスト)