Ray Chen
「最高の自信作」といえるモーツァルトが完成。
レイ・チェンは破竹の勢いでスター街道をまっしぐらに突っ走っている、勢いを感じさせるヴァイオリニストである。性格は陽気で、会った人がみなファンになってしまうのではないかと思えるほどのナイスガイ。今回のモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第3番・第4番、ヴァイオリン・ソナタ第15番の録音では、そんなレイ・チェンの演奏を高く評価しているクリストフ・エッシェンバッハとの共演が実現した。しかも彼が指揮とピアノの両方を担当している。
「2012年12月にノーベル賞の授賞式でのコンサートで弾く機会に恵まれ、マエストロと共演。そのときにモーツァルトの指揮とピアノをオファーしたんです」
実は、このヴァイオリン・ソナタはエッシェンバッハの悲業の死を遂げた両親(父はヴァイオリニスト、母はピアニスト)が愛奏していた曲。それを初めてレイ・チェンの録音で演奏することになった。
「ようやく決心してくれたんです。でも、録音直前に小指を骨折してしまい、フィンガリングを変えてそれをまったく感じさせないピアノを弾いてくれました。ぼくにとっては、大きな贈り物をもらった感じです」
コンチェルトのほうも印象的だった。というのは、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭管弦楽団は平均年齢が19歳と非常に若い。やる気満々で、少しでも多くのことを吸収しようとエネルギーが満ちあふれていた。レイ・チェンも自身が長時間かけて書いたカデンツァを披露するなど、全身全霊で録音に臨んだ。
「カデンツァは非常に時間がかかりました。モーツァルトが自分に一緒にコラボレイトしようといってくれるチャンスなので、その天才性に少しでも近づけるよう、練りに練りました。オペラやピアノ協奏曲を聴いてモーツァルトの言語を理解し、作品を分析し、その奥深いところまで分け入っていきました」
モーツァルトの作品はよくエレガントとかかろやかだと評される。だが、レイ・チェンの見方は異なる。
「ぼくは非常に多くの顔をもった複雑な作品だと思います。もちろんシンプルで美しく楽しい音楽ですが、その奥にさまざまな感情が潜んでいる。ひとつのカデンツァに50時間くらいかけ、じっくりとモーツァルトと対峙して、その内面の暗い部分が理解できた気がします。今後はもっとモーツァルトを弾いていきたい」
これまでの録音のなかで「最高の自信作」と明言するレイ・チェンの新譜は、まさに音楽が深く熱くオーケストラとピアノとの音の対話が非常に濃密。エッシェンバッハにとっても封印を解いて初めてピアノを弾いたヴァイオリン・ソナタは、音楽が人生を物語っているよう。両者の貴重な音の記憶が刻まれた録音だ。