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第29回 ─ 誰もやったことがない〈ただの音楽〉を演奏してみせたマイルス・デイヴィス

連載
久保憲司のロック千夜一夜
公開
2005/02/10   17:00
更新
2005/02/10   18:43
テキスト
文/久保 憲司

『NME』『MELODY MARKER』『Rockin' on』『CROSSBEAT』など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る週間日記コラム。今週は、秘蔵映像が大量に収録されたマイルス・デイヴィスのDVDをご紹介!

2005年2月8日(火) Miles Davis「Miles Electric:Performance at Isle Of Wight」(DVD)

  ぼくがマイルス・デイヴィスを語るなんて大変おこがましいのですが、エレクトリック・マイルスを聴くと体中に何とも言えない、電気が走るような(笑)気持ちよさを感じるので、その感覚について書かせてください。エレクトリック時代のマイルスって、今のジャム・バンドやトランス・バンド(そんなのいるのか?)、エレクトロ・クラッシュなどにも通じるものを感じていて、何か自分のものにならないかなといつも思っていました。フリクションが大好きだったパンクの時も、フリクションの演奏を聴いて、マイルスの日本公演の『Agharta』、『Pangaea』(エレクトリック・マイルスの行き着くとこまでいった傑作です。スロッビング・グリッスルのライブ盤みたいなノイズ・ダンスです)を思い出していました。

  マイルスの伝記DVDやジャズの歴史DVDなどで、少し観られるエレクトリック・マイルス時代の音とルックスの格好良さにやられていたぼくは、エレクトリック・マイルスがたっぷり堪能できるだろうとDVD「Miles Electric:Performance at Isle Of Wight」を買いました。出だしから衝撃です。サンタナがエレクトリック時代のマイルスを褒め讃えたと思ったら、次に黒人の評論家が同時代のマイルスを「あれはジャズじゃない、セル・アウトだ」とディスる。これは凄いDVDだなと思った。

 ぼくもエレクトリック・マイルスは売れるためにやっていたという説は好きです。マイルス自身もフィルモアなどでサンタナやフランク・ザッパなどと共演しながらも前座扱いだったのが気に入らなかったと言っていた。それらと勝つためにどうしなければならないかと考える。そうするのがジャズじゃないのではないでしょうか、いや音楽というのはそういうもんじゃないでしょうか。

  ジュリアード音楽院を辞め、チャーリー・パーカーの弟子になり、ビ・バップから独自なスタイルを作ろうとクールを誕生させ、そしてもっと自由になろうとモード奏法を生む。そしてロックに勝とうとエレクトリックになる。音楽的にも行き着くとこまで行った後、ヘロインでどうしようもなくなり何も出来なくなった。そして、もう一度立ち上がったのが80年代マイルス……と、ぼくがマイルスの歴史を語ってもしょうがないのですが、マイルスはただ音楽をやっていたのだと思います。関係ない話ですけど、ビ・バップというのはあれは白人からジャズを取り戻そうとしたことだったのかなと思うけど、これも半分間違っているかもしれません。ただ音楽をやりたいだけなんだよ。誰もやったことのない音楽を。

 このDVDでは、ジャズなんて言葉はもともと売春宿で女主人がなかなか終わらない客を早く終わらせる為に、プロフェッサー(ピアニスト)に早い曲(ジャズ)をやれ、という意味だったと語られている。マイルスも、ジャズというより音楽をやっていたんだと思う。マイルス・デイヴィスの音楽を。それはこのDVDでも語られているように、お客が望むものをやっていただけで、自分の内面を進化させ、それを反映させた音楽なんかではないのだ。「内面がどうこう」とか、「宇宙がどうした」とか、そんなことだけをいうミュージシャンはクズだ。客にどう喜ばれるか、どう盛り上げるか、それがジャズだ。

  チック・コリア、ハービー・ハンコック、キース・ジャレット(なんかオカマみたいなルックスになってるんだけど、キース・ジャレットってゲイだったの?)などのミュージシャンのエレクトリック・マイルスに関する話は本当に最高だ。マイルスが変わったのはマイルスの嫁さん、ベティ・デイヴィスに影響されたからだ。というのもいい話だな(ちなみにベティ・デイヴィスは、デヴィッド・ボウイにも影響を与えていると思う)。

 チック・コリアがフェンダー・ローズをマイルスに弾けと言われて「こんなおもちゃみたいな楽器」と思ったけど、弾いてみたらその音の良さに一発で好きになったという話もいい。フェンダー・ローズもシンセサイザーも楽器として素晴らしい、そういうことをよく分かっているマイルスをぼくは好きだ。こんなインタビューと昔の映像で盛り上がっていると、DVDではこれがただの前座だった。メインがワイト島でのコンサート、60万人ものロック・ファンの前で演奏した。38分のコンサートの完全版に突入するのだ。萌え。

  このステージではジョニ・ミッチェルの演奏に観客がブーイングして、ジョニ・ミッチェルが「楽しみたいのは分かるけど、私たちも楽しみたいの。私たちにもリスペクトして」と泣きそうになる映像が流れる。こんな客の前でもマイルスは受けた、という映像を見せる為とはいえ、見ていて辛い。でもジョニ・ミッチェル美しいな、ぼくにとってはちょっとしたおまけ映像だった。買ってまだ観てないジョニ・ミッチェルのDVD「Shadows And Light(完全版)」もこれ書き終わったら観よ、むちゃ楽しみ。たぶんもうおばちゃんだろうな、でもベース、ジャコ・パストリアスなんだよな。

 ぼくはマイルスは壊れた後期の方が好きなんだけど、DVDは思う存分楽しめた。マイルスがメンバーにいつコード・チェンジの指示を出しているのか全然分からなかった。リハは一度もしないんだよな。演奏する曲は何て曲だと言われて「コール・イット・エニシング」だって。かっこいい。オルガンを弾くキース・ジャレットもかっこよかった。ジャック・ブルースのようなベーシストもかっこ良かった。マイルスはいつものマイルス、あの音。

 前にテレビを見ていたら、山口もえちゃんの〈ゆっくりしゃべり〉が演技だということを紳介さんに暴露されていたんだけど、このDVDを観たらマイルスの〈ダミ声でほとんどしゃべらないスタイル〉も実は演技なんじゃないかと思えてきた。そうだったらすごいよな。あのダミ声が「バカな奴らにかまっている時間はないんだ」と考えた末に身に付けた演技だとしたら……とか思ったら、“So What”、“Call It Anything”、マイルスは真実をちゃんと言っていたじゃないか。
 
P.S. ぼくがまたマイルスに興味を持ち出したのはBlankey Jet Cityのツアー中、照井さんがマイルスの自伝を読んでおられて、「マイルス好きなんですか」と聞くと「ツアー中によく読み返す」みたいなことを言われて、それがぼくにはとてもかっこよかったからだ。照井さんはミュージシャンの心構えとして読んでおられたんだと思うが、ぼくにとっても生きていく上で大事な本の一つとなった。

P.S.2 ぼくはオーネット・コールマンとかのフリー・ジャズがそんなに好きじゃない。マイルスも言ってたけど、リズムがかっこ悪いから。マイルスのはいつだってグルーヴがある。リップ・リグ&パニックがオーネット・コールマンのフリー・ジャズをパンク風に解釈し、昇華したのは大好きだけど。ぼくが一番マイルスでかっこいいと思うのはマイルスの「最終的にブルースに行き着く」という言葉だ。