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第66回 ─ 革命を成し遂げた後、再び手探りをはじめたトム・ヨーク

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久保憲司のロック千夜一夜
公開
2006/07/13   16:00
更新
2006/07/13   20:14
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文/久保 憲司

『NME』『MELODY MARKER』『Rockin' on』『CROSSBEAT』など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、レディオヘッドの頭脳=トム・ヨークが突如リリースしたソロ・アルバム『The Eraser』をご紹介。

  ちょっと前にフレーミング・リップスのライヴが見たいと書きましたが、現在行われているレディオヘッドのツアーも、今すぐ飛んで見に行きたい気分です。名ライブ盤『I Might Be Wrong』で聴けた『Kid A』、『Amnesiac』の曲がライブで完成、変化していくかっこよさ。音は全然違うけれど、レッド・ツェッペリンみたいだなとぼくは思います。60年代のバンドはみんなこういう風に曲を完成させていったのです。

  もしニルヴァーナがアメリカのパンクの〈失われた10年〉を甦らせたとするのなら、レディオヘッドはイギリスのポスト・パンクの歴史を完成させたのではないでしょうか。楽器を持てば誰もが音楽を作れるという思想から始まったパンクという壮大な若者の革命。その革命はエレクトロニック、ワールド・ミュージック、ノイズなど色々な方向に広がっていきました。その中から色々なスターが生まれました。しかし、レディオヘッド以上にその革命、若者の夢を成し遂げたバンドがいたでしょうか? そんな凄さと自信を持ってレコーディングに向かったのが『Hail To The Thief』だったのではないかと思います。

  スミスが『Strangeways, Here We Come』で作詞家と作曲家の美しいまでに完璧なコラボレーションの頂点を極めた時、それをそのまま拡大再生産していくのではなく、あまりにもあっけなく一瞬にしてバンドが消えてしまったようにレディオヘッドも燃え尽きてしまっても仕方がなかったのかもしれません。

 しかし、レディオヘッドはそうならなかった。それが現在ヨーロッパ、アメリカで行われているツアーなのではないかと思います。新曲が8曲も披露され、それがこれまでと同じように新作の録音に向けて変化し、完成していく。その時間、空間、感触をたくさんのファンと共に肌で感じたい。これが、ぼくたちがバンドに夢中になる一番の理由なんだと思います。そしてこれこそがパンクが夢みた革命なのではないでしょうか。仲間となにかをする。一人でできないことはなにもないだろうけれど、みんなとやった方が楽しい。それが革命なんじゃないかと。

  で、トム・ヨークの突然発表されたソロ・アルバム『The Eraser』です。ぼくは今作を聴いて、燃え尽きてゼロになった男が、このまま死んでもいいんだけれど、何か始めるべきだと手探りをしだしたような清さを感じます。『The Eraser』にはレディオヘッドと同じように今まで誰も使ってこなかった音や方法があふれているのに、どこか風通しがいい。こんな感じは今までのレデイオヘッドにはなかったような気がします。レディオヘッドには、どこかいつもパラノイアのようなカオスがあった。そこがかっこよくもあり、重くもあったわけなのですが。

  ブルース・スプリングスティーンの『Nebraska』、元ウルトラボックスのジョン・フォックスの『Metamatic』のように、ほぼ一人で録音された名アルバムがあるけれど、それに匹敵する本物のソロ・アルバムでしょう。テクノのアーティストからこのようなアルバムがポコっと出ることがありましたが、こういうソロ・アルバムを今の時代に出してくるのもトム・ヨークっぽいのかなと思ってしまうのです。