『NME』『MELODY MARKER』『Rockin' on』『CROSSBEAT』など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、チープなエレクトロ・サウンドに過激すぎる歌詞を乗せて、イギー・ポップ、マドンナ、ビョークまでをもトリコにしたブランニューなパンク・ガール、ピーチズの新作について。
PEACHES 『Impeach My Bush』
女はやっぱ強いな。アタリ・ティーンエイジ・ライオットは商業主義と前衛の狭間で玉砕していったけれど、ピーチズは3作目でもますます図太くなっている。1曲目で〈人を殺すよりファックしたい〉とシャウトされるだけでぼくは惚れてしまう。女って得だなとも思う。男が〈俺のチンポに聴いてみな〉と歌ってみても、それはバカなヘヴィメタになるだけだから。今の世の中が男社会だから仕方がないんだけれど。日本からはまだピーチズのように簡単明瞭な女性シンガーは出てこない。〈女は世界の奴隷か〉とロックにフェミニズムを一番最初に持ち込んだ小野洋子さんを生んだ国として頑張ってほしい。
外国人にとって、日本女性には究極のマリア様という印象がある。今は別れてしまったけれど、かつてはイギー・ポップも日本女性に救われていた。フェミニズムの総本山のような小野洋子さんですらもどこか母親のような所がある。ジョン・レノンもそこにやられていたんでしょう。日本でもこれからフェミニズム志向なアーティストがたくさん出てくるんだろうけど、ガミガミ怒鳴るだけじゃなく、日本女性の暖かさみたいなものは忘れないでほしいな。
しかし、ピーチズの〈男なんていなくても生きていけるのよ〉、〈男なんてファックするためにあるの〉みたいな感じは本当にかっこいい。男のロックの恋愛観なんて、ずっと惨めなものですから。有名なのがニルヴァーナの“About a Girl”でしょう。当時のカートの恋人に対する思い、泣けますよ。カートの彼女はライオット・ガールだったわけで、恋人関係とかそういう旧社会の習慣を否定している人だった。カートはその恋人を自分の思い通りにできずにこう歌うわけです〈俺は君を待つ列にいる。君がヒマだったらいいのに。君に電話もする。君といつまでもデートする〉。本当にこの歌詞の通り、彼女の家の前まで行って、明かりがついていたら、その家の前の公衆電話から電話していたらしい。そんな感じだから誰もカートとその人がつき合っていると思っていなかったそうなんだけれど、ある日カートからその恋人がつけている〈ティーン・スピリット〉というオーデコロンの匂いがしていることに気づいた友達が〈Kurt Smells Teen Spirt〉と落書きするのです。その落書きがカートを億万長者にするんですから不思議なもんだと思う。男はコンプレックスを作品にするということなんでしょう。
ライオット・ガールもニルヴァーナもパンクの思想から生まれたものだけれど、こうも違う。男は結局変われないということなんでしょう。女の子はパンクを通してレインコーツとかモデッツとかX-レイ・スペックスとかスリッツみたいにどんどん自由になれたけれど、男はいつまでも同じ所をうじうじしているだけだから。蒸し蒸ししてうっとうしい日本の夏はピーチズのあっけらかんとしたセックス・ソングでも聴いて乗り切りましょう。
ちなみに、ジャケット裏に載っている手のサインは、〈アソコとケツの穴にこの手を入れてやる〉という世界一ルードなサインです。こんなバカなサイン誰が考えたんでしょうね。