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第70回 ─ ソウル、R&Bを更新する〈本物〉のシンガー、クリスティーナ・アギレラ

連載
久保憲司のロック千夜一夜
公開
2006/09/07   18:00
更新
2006/09/07   21:41
テキスト
文/久保 憲司

『NME』『MELODY MARKER』『Rockin' on』『CROSSBEAT』など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、テレビやラジオでかかりまくっている“Ain't No Other Man”が収録されたクリスティーナ・アギレラの新作『Back To Basics』をご紹介。

Christina Aguilera 『Back To Basics』

  シザー・シスターズが、お友達のエルトン・ジョンを評して「本当に今でも音楽狂で、毎週全ての新作を買って、しかも、そのCDがどうよかったか、どう悪かったかという鋭い批評が出来る。しかもそのCDがセールス的にどの位置にいるのかも完全に把握していることに感動する」と言っていた。シンプルに言えば〈オッサンのくせにあいつは凄いんだ〉ということなんだろう。しかも、気に入ったCDは15枚くらいまとめ買いして、友達に配ってまわっているらしい。そんな性格だから買い物依存症で破産するんだろうけれど、ぼくはすごくいい話だと思う。

  プロの音楽家として、自分が知らない音楽があることが許せないのだろう。〈マンガの神様〉手塚治虫先生が、大友克洋氏が出て来た時に激しく嫉妬したというエピソードがある。既に〈帝王〉として君臨していた手塚先生が、新しい才能に戦いを挑もうとしていることが凄いと思った。きっとそのような感覚をエルトン・ジョンも持ち続けているのだ。スターになるのはきっとこういう人たちなのだろう。

 ぼくは、ここ何年も前から70年代のエルトン黄金期のCDを買って勉強しようと思っているのに、「お金がない」とか、「そんなCDを置いとく場所もない」と弱気になっている。ぼくのような軟弱男は一生栄光の星を掴めないんだろうな。借金取りに追われようともタワーレコードに行ってCDを買ってしまうような奴じゃないとダメなんだろう。

  ついでにもうひとつどうでもいい話を書かせてもらうと、ぼくは何年も前からヒップホップやR&Bのライターになりたいと思っている。でも、お金がないのでヒップホップやR&Bやポップスの流れを完全に追うことができずにジタバタしている。毎月3万も4万もCDを買っていたら本当に破産するよ。そういう状況が20年以上続いているような気がする。

  こんなひ弱なぼくがクリスティーナ・アギレラの3枚目『Back To Basics』がマジ凄いよと言っても誰も信用してくれないけれど、これはマジ傑作です。ラジオやテレビでみなさんもよく耳にしているはずの4曲目“Ain't No Other Man”だけのためにでもこのアルバムを買う価値あるでしょう。ギャング・スターのDJプレミアが手がけた打ち込みドラムが最高です。サンプリング音源を叩いているだけ(そのチープさがいいんだけど)なんでしょうが、本当にファンキーです。この曲のファンキー・ドラムと、クリスティーナ・アギレラのソウルフルなヴォーカルだけで作られたようなシンプルな曲なのですが、そのかっこよさといったらないですよ。こういう曲を作らせてしまうクリスティーナのプロデュース力に脱帽します。こういうのがポップスだとぼくは思うな。ラジオをつけたら今まで聴いた事のない音色、音感、雰囲気が流れ出す。それを聴いているだけで、世の中が変わりそうな気がしてしまう。それだけあれば生きていけるような気がしてくる。

  『Back To Basics』自体のコンセプトは、ミッシー・エリオットも『Under Construction』で訴えていた〈昔に戻ろう〉というよくある手法だけれど、クリスティーナの〈前に進もう〉という感じがソウルやR&Bをどんどん新しい音楽にしていくんじゃないかという気がする。ブラック系のライターの人たちは「こんなのヒップホップ、R&Bじゃない、ポップスだ」とかいうのかもしれない。でもぼくはそう思わない。彼女は本物です。