『NME』『MELODY MARKER』『Rockin' on』『CROSSBEAT』など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、サンプリング感覚でキャッチーなポップ・ミュージックを作り上げる6人組、ゴー!チームのセカンド・アルバム『Proof Of Youth』について。
北海道のライジング・サン・フェスまで車で行って来た久保憲司です。色んな人から遠くないの、一人で寂しくないのと言われましたが、片道CD20枚も聴けば着くので、そんなに遠いとは感じませんでした。
この頃ぼくはスタックス(サザン・ソウルのレーベル)の音にやられているので、その音の魅力を探るべく、この旅行中に聴き倒そうと思いました。スタックスは古い映画館を改造したスタジオを使っていたので、ああいう音になったそうです。お金がないので、床が映画館の時のまま斜めになっていたり、防音もしてなかったりというスタジオで、それがあの独特なピンポン・エコーを生んだと言われています。
本当にスタックスは歴史的価値のある素晴らしい音楽を生み出してきたんですが、その音楽を作ったスタジオが、今は更地になっているというのはショックです。アビー・ロード・スタジオに行けばビートルズが録音したあの空気を感じられるのに。
こんなことを考えていたので、今回の旅では、ではあのフィル・スペクターの生み出したウォール・オブ・サウンドの音というのはなんぞや、という疑問も探ってみようと思ったのですが、フィル・スペクターのボックス・セットはお金がなくて買えなかった。せめて一枚は買おうと思って、ACEレーベルのコンピ『Phil's Spectre 2』を買った。でもそれは、フィル・スペクターになりたかった人たちのオムニバスだった。ショック。
フィル・スペクターは、オーケストラだろうが何だろうが、同じ演奏を2回、別々のトラックに録音する〈ダブル・トラック〉というテクニックを駆使する人だった。それが、あのウォール・オブ・サウンドを生み出すわけなんだけど、彼はその作業を爆音の中で行う。頭がおかしくなって爆音を使うようになったのか、元々そうなのかは分からない。でも、フィルが耳を押さえている有名な写真を見ていると、本人も爆音から何かが生まれると思っていたような気がする。
ビートルズのプロデュースも爆音の中でやっていて「耳が潰れる! 誰か奴を止めてくれ」と叫ぶスタッフを横目に、喜々としてヴォリュームを上げていったらしい。唯一ビートルズのメンバーで現場にいたリンゴ・スターが「いいかげんにしろ」と言って、その場は何とか収まったみたいだが。凄いよな。でもこの時代はまだいい方なんだろうな、アーティストの言う事を聞いたんだから。その後はジョン・レノンのマスター・テープを持って1年近く行方をくらましたり、ラモーンズを監禁したり、そして最後は人を撃った容疑で逮捕されてしまった。そんな人かもしれないが、ダブル・トラックによる音のズレや爆音から音楽のマジックが生まれる、ということに初めて気づいた人なのかもしれないとぼくは思う。
ゴー!チームを聴いていてぼくが思うのは、彼らは、そのフィル・スペクター直系なのではということなのだ。たまにダブル・ドラムになったりするし、とにかくどの音もでかくてバランスも悪いけど、その突然大きく入って来た楽器の音が気持ちいい。これがフィル・スペクターっぽいんだよな。そして、今までのどんなフィル・スペクターもどきよりも、ウォール・オブ・サウンドの魅力の真実を分かっている人たちなんじゃないだろうか。モータウン、フィリー、スカ、ファンクなどなど、歴代の名サウンドを現代に甦らせてきた人はたくさんいたけど、フィル・スペクターの危ない気持ちよさを甦らせたのは、この人たちが最初なんじゃないだろうか。まあジーザス&メリー・チェインなんかもいたかもしれないけど。
そしてそれ以上の彼らの魅力は、全ての音が生き生きしていること。サンプリングしたものもギター・アンプからちゃんと出して、空気を通わせているように感じる。狭い地下室で録音していたモータウンのような音も、あらゆる音に命の輝きを感じさせるのがゴー!チームの魅力なんじゃないだろうか? レコードの溝の中で命を奪われてしまっていた音たちの解放。まるで“おもちゃのチャチャチャ”のように、使われなくなったおもちゃが夜な夜な遊び出す、みたいな。そんな音たちを聴いて、ぼくたちは元気になるのだ。
てな、ぼくのゴー!チーム論はどうでしょう? 前作で〈ジャクソン5・ミーツ・ソニック・ユース〉と評され、新作の日本盤ボーナス・トラック“Bull In The Heater”(ソニック・ユースのカヴァー)で思いっきしそれをやっている彼らだから、ぼくの意見なんか完全に笑い飛ばすんだろうけど、次のアルバムでは彼らのウォール・オブ・サウンドとはこれだ、というのをやってくれたら嬉しいな。