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第99回 ─ 現代きっての詩人、ジャック・ペニャーテとロンドンのクラブ・カルチャー

連載
久保憲司のロック千夜一夜
公開
2007/11/01   18:00
テキスト
文/久保 憲司

「NME」「MELODY MARKER」「Rockin' on」「CROSSBEAT」など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、ロカビリーでパンクでネオアコなファースト・アルバム『Matinee』をリリースした、07年の英国ロック界きっての大型新人、ジャック・ペニャーテについて。

 この連載で何回も書いてると思うんだけど、ギターを習っている。8年くらい続けているかもしれない。やっと耳コピというか、CDに合わせて、どんな曲でも80%くらい弾けるようになった。もちろん、ジミー・ペイジみたいには弾けない。でもツェッペリンの“Stairway to Heaven(天国への階段)”のリード・ギターなんかは、何となく合わせられるようになったので楽しい。

  ギタリストのフランク・サンペドロは、クレイジー・ホースに加入するまで、ほかのバンドにも参加せず、クレイジー・ホースのレコードに合わせて家でずっとギターを弾いていたそうだ。きっとハッパでも吸いながら何時間でも弾いていたんだろう。ぼくもそんな風にしてこれからの人生を過ごせたらいいなと思っている……というのはウソで、やっぱり歴史に残るような名曲を書いてみたい。とは言え、曲に合わせて弾けるようにはなったけど、ぼくの頭の中には何もメロディが浮かんでこない。普通の3コードを何時間弾いても浮かんでこない。8年経って、やっと曲の構造みたいなものが理解できるようになったけど、作曲は、ぼくにとってはまだまだブラック・ボックスなのだ。

それではと、いまは一生懸命ヴォーカルもコピーしている。それでわかったのは、ぼくが30年もの間、いかに適当に英語の歌詞を聴いてきたかということだ。わからない単語はフニャラーと聴き飛ばしてきた。でもヒット曲をゆっくり解読していくと、メロディと単語が実に見事に融合しているのがよく分かる。というか、そこにみんな心揺さぶられてきたわけで、そんな当たり前のことにいまさら衝撃を受けている。恥ずかしい。

  そんな、往年のヒット曲が持っていた詩とメロディの芸術的輝きを作れている最近のアーティストはと言えば、それはジャック・ペニャーテなんじゃないだろうか。彼の英語の歌詞は、メロディなしでも美しく朗読できる。一度やってみてください。意味が分からなくても、なんか良いんです。「これが詩か!」という感じ。

こんな素晴らしい詩はどうやったら書けるんだろうと思って、彼にインタビューした時、「あなたのお手本は誰?」と聞いたら、「ぼくはジェフ・バックリーみたいな詩が書きたいんだ」と、ジェフの“Lover, You Should've Come Over(恋人よ、今すぐ彼のもとへ)”の歌詞を朗読してくれた。ぼくはかっちょいいと思い、インタビューが終わったら、すぐにジェフ・バックリーのCDを買いに行った。

  実のところ、ぼくはジェフ・バックリーがあまり好きじゃなくて、これを機会に好きになれるかなと思ったんだけど、やっぱりダメでした。 ジャック・ペニャーテの方がぼくにはバシッとくるのだ。ぼくには、ジェフ・バックリーやレナード・コーエンなどのシンガー・ソングライターはロマンチック過ぎる。“Spit At Stars”の〈星に向かってツバを吐く〉の下りみたいに、ジャック・ペニャーテはどこかリアルなところがあるから好きだ。

  ジャック・ペニャーテは、ジェフ・バックリーと同じように、コーヒー・ショップでエレキ1本を抱えて、好きな歌を歌いながらスターになることを夢みた、昔ながらのシンガー・ソングライターだろう。でも音の方は、ソウル、スカ、ドラムンベースなどがかかってきた、ロンドンのクラブのあの独特な感じがしているのがおもしろい。「似ているアーティストがいるとするとリリー・アレンだね」と聞くと、「ぼくもそう思う。ぼくもリリーも白人だけど、ロンドンにいるからそういうクラブの音楽に影響を受けてきた。それがぼくたちのカルチャーなんだ」と言っていた。

これはぼくの思い込みかもしれないけど、ジェフ・バックリーにはヒッピー文化/カウンター・カルチャーの挫折感みたいなものがあったと思う。でもジャック・ペニャーテの歌を聴いていると、そういう挫折感とは隔絶した〈サブ・カルチャー〉としての、ロンドンのクラブ文化のしぶとさを感じるのだ。ロンドンのクラブ・シーンなんて、もう何十回死んだか分からない。でも必ずよみがえってくる。しかも、突然よみがえるのではなく、過去の歴史との繋がりを保って復活するのだ。ジャックは金持ちの息子らしいけど、ちゃんとそういうことが分かっているんだと思う。何があっても死なないぞと。そういえば、ジョー・ストラマーもそういう人だった。シーンを客観的に見れる人の方がいいんだろうな。

ジャック・ペニャーテ、これからどんな歌を書いていくのか楽しみです。