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第3回――友達ができない

連載
ロック! 年の差なんて
公開
2008/05/29   21:00
更新
2008/07/17   19:52
ソース
bounce 299号(2008年5月25日発行)
テキスト
文/北爪 啓之、冨田 明宏


ロックに年の差はあるのだろうか? 都内某所の居酒屋で夜ごと繰り広げられる〈ロック世代間論争〉を実録してみたぞ!



僕は阿智本悟。就職のため、北国から北区に引っ越してきたばかり。就職先に東京を選んだ理由は、ロックを感じたから。ストロークスと出会って以来、ロックに人生を捧げると誓ったんだ。しかし、うっかり迷い込んでしまった薄汚いロック酒場〈居酒屋れいら〉の店主・ボンゾさんに古いロックを聴かされ、困惑している日々。だって、頭ごなしに僕の知らないロックばかり聴かせるんだもの……。

阿智本「友達ができないな……」

思わずそう呟いていた。おかしい、何かがおかしい。何でこの僕に友達ができないのだろう? 東京に出てくればロックな会話で盛り上がれる仲間や、いっしょにクラブでオールする仲間、ライヴで暴れる仲間が最低10人……いや、せめて2人くらいは簡単に、それはもうすんなりとできるはずだったのに。ファッションだって、ロック好きが話しかけやすいように某smartで推してる〈リアルでロックなセレブ・スタイル〉でキメてるし、髪型だって〈ラフでロックなゆるくしゃパーマ〉にしている。だけど、それもここ北区じゃ浮きまくりだ! 昨日は僕が密かに思いを寄せている楓先輩に〈その髪型、大泉洋でしょ?〉と言われ、否定もできずに〈水曜どうでしょう?〉トークを膨らませてしまった。本当はアルバート・ハモンドJrのつもりなのに!!

阿智本「はあ……」

ボンゾ「辛気臭えため息ばかりつきやがって! お前が思ってる以上に似てるから心配すんな。すぐわかったぜ、昔のビリー・ジョエルの髪型を意識してるってのは」

今日は仕事を終えた後、迷うことなく〈れいら〉に足を向けていた。実はここ1週間くらい、毎日通ってしまっている。奥の席には、いつも気がつくといなくなっている内山田なんとかという難しい名前の人がいた。たまに目が合うけど、すぐに逸らされてしまう。

ボンゾ「オラ! これでも飲みな!!」

ボンゾさんはそう言ってグラスを乱暴にカウンターに置くと、一升瓶から焼酎を注ぎ、シロップ状の液体を垂らした。

阿智本「これ、何ですか?」

ボンゾ「梅割りだ。下町に住む労働者のガソリンよ。これでも飲んで、ちったぁ元気出せ、ビリー阿智本!」

透明な焼酎に琥珀色の液体がゆっくりと混ざり、溶けていく。

阿智本「怪しい飲み物だなぁ……ん? でもおいしいや。ところでボンゾさん、今日は何だか機嫌がいいね。さっきからシャレたジャズなんかかけてるし。この店に全然合ってないじゃん」

ボンゾ「この野郎、言うようになったじゃねえか! へへ、これはフランク・ザッパ大先生が残したジャズ・ロックの名盤『Hot Rats』さ。このたびザッパ先生のオリジナル作品が一挙に紙ジャケでリイシューされたのよ! それが嬉しくてな」

そう言うと、ボンゾさんはさらに音量を上げた。タバコの煙で黄色く変色した壁。その壁に掛けられたボロボロのギブソンSG。そして、見るからに年代モノのレコード・ジャケットとチケットの半券。メニューは、なぜかコンビーフ料理しかなかった。やっぱり、こんなにオシャレな音楽は〈れいら〉に合わない。どちらかといえばカフェで流れているような、そんな感じ。ジャズっていうと、SOIL&“PIMP”SESSIONSくらいしか知らなかったけど、ジャズにロックか。こういうオシャレっぽいロックなら、カフェ好きの楓先輩も気に入るかも!

阿智本「ボンゾさん! ちょっと勉強したいから、この人の他の作品を貸してよ」

ボンゾ「構わねぇけど、正直言ってザッパの奥は限りなく深いぞ。特にお前にはな」

阿智本「え? これなら大丈夫だよ。確かに僕はロック命だけど、オシャレなものにも目がないんだよ。うふふふふ!」

ボンゾ「いったいザッパのどこにオシャレさを見い出したのかサッパリわからんが……それが新人類(死語)の感性なのか? まぁ、いいや、ちょっと勉強してこいや。しかしお前、ここ最近毎日来てるな。もしかして、友達ができなくて寂しいんじゃねぇのか?」

阿智本「そ、そんなことないよ……ていうか、余計なお世話だし! 今日はもう帰る!」

ボンゾ「……行っちまいやがった。しかし、よりによって俺ですら目眩がしてくる怪作『Uncle Meat』なんか持って帰るとは……ショック死しなきゃいいが」

後日、ボンゾさんから借りたCDを楓先輩に貸したら、〈変態!〉と言われたきり、口を利いてくれなくなりました。母さん、東京の女性は難しいです……。