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第7回――紫の音質!

連載
ロック! 年の差なんて
公開
2008/10/02   23:00
ソース
bounce 303号(2008年9月25日発行)
テキスト
文/bounce編集部(協力/北爪啓之、冨田明宏)


ロックに年の差はあるのだろうか? 都内某所の居酒屋で夜ごと繰り広げられる〈ロック世代間論争〉を実録してみたぞ!



僕の名前は阿智本悟。社会人1年目のフレッシュマンさ。毎号冒頭で自分の趣味嗜好を語るのにも少し飽きはじめてきたけど、要するにストロークスと出会って以来、時代の先端を突っ走るロック・シーンを追いかけてきたってこと。クソ寒い北国でね。そんな僕は最高のロックンロール・ライフを求めてひとり東京にやって来た。ところが! 超クールなスキニー・スタイルでキメている僕に対して、半年以上経っても会社の同僚は好奇の視線を投げてくるばかり。これじゃ、田舎者丸出しの地元連中と変わらないじゃないか!

阿智本「まったく! 東京は田舎者が集まる場所だとは聞いていたけど、本当だったんだね! 友達なんか作らなくて正解だよ!」

ボンゾ「バカタレがっ! 自分を棚に上げてよく言うぜ。実家のご両親が泣いてらあ! それに愚痴を聞いて欲しいんなら、子供電話相談室にでも電話しろっつうの。お前のデカイ独り言のせいで、SHM-CDの素晴らしい音質がわからねえだろうが!」

ボンゾさんのほうが僕よりよっぽどうるさいよ。そんな感じで、今日も北区の寂れたロック酒場〈居酒屋れいら〉に寄ってしまった。最先端のロックを追いかける僕が、古くてダサくてダメな飲み屋に入り浸っているなんて。ま、どうせ客なんて無口で挙動不審な内山田ナントカさんしかいないんだから、寂しくしているであろうボンゾさんのために通ってやっている……みたいな感じなんだけどね。へへんだ!

阿智本「ところで、その〈SHM-CD〉って何です? 音質がどうのこうの言ってましたけど」

ボンゾ「詳しいことはわからんが、従来のCDよりも透明度の高い液晶パネル用ポリカーボネート樹脂を素材として使っていて、そいつが音の光信号をより忠実に読み取ってくれるらしく、さらにSACDと違って普通のプレイヤーで再生できるんだよ、まぁ良くは知らねえけど」

十分詳しいっつうの! いきなり説明臭くなったのが気になるけど。

阿智本「……そ、そうなんだ。で、その高音質のCDで何を聴いているの?」

と、その時! サングラスの奥がキラリと光ったのを、僕は見逃さなかった。白髪の口髭を歪ませながらニカッと笑うボンゾさんを見た瞬間、僕はひどく後悔した。

ボンゾ「いくらバカ阿智本でも、ハード・ロックの形式を作り、いまもハード・ロックの代名詞として語られるディープ・パープルを知らないわけはねぇよな! これはパープルの日本武道館公演を収録した世紀の名盤『Live In Japan』よ! そして何を隠そうこの俺様は、そのライヴの目撃者なんだよ! ん、歴史の生き証人を前にして声も出ねぇか? ならばこれを見やがれ!」

ボンゾさんが指差した先には、チケットの半券が額に入れて飾ってあった。黄色く変色しているけど、確かに文字は読める。

ボンゾ「どうだぁ、参ったか! で、4曲目“The Mule”のだな……ここ! この歓声! コレは間違いなく俺の声だ! いままでのCDではよくわからなかったが、流石はSHM-CD、誰が聴いても俺の声って丸わかりだぜ! ちなみに、ジャケ写の左中央のコレが俺の頭だ! って、おい!! 寝呆けた顔してねぇで、ちゃんと見ろ!」

阿智本「え? 豆つぶかイクラにしか……」

ボンゾ「ナニ~? こうなったらロック最速伝説、“Highway Star”でも聴いて目を覚ましやがれ!」

するとボンゾさんは、聴いたことのあるリフの曲を流しはじめた。

ボンゾ「ジャジャジャジャ~ンジャジャジャジャジャーン♪ この高速三連ギター・ソロはただでさえ燃えるっつうのに、やたら音質がイイからもはやヤケド寸前だぜ! どうだ最高だろ? そして死ぬほど速いだろ? 阿智本よ、黙ってないで何とか言いやがれ! 〈パープルはカッコイイ! ボンゾさんは同じくらいカッコイイ!〉ってな、ガハハハハハハッ!」

……もう無理! 僕はカウンターをバンッと叩いて立ち上がった。

阿智本「どう聴いても超ダサイ! そのうえ大して速くないし。今日は帰る!」

僕は店を飛び出すと、デリンジャー・エスケイプ・プランを爆音で聴きながら走り出した。つうか、速ッ! あんな前時代に死滅したロックを聴いてたまるか!!

ボンゾ「フン、ハナ垂れ小僧にはパープルの魅力もSHM-CDの価値もまだ理解できねえんだろうな! よし今日はひとりでパープル・ナイトだぜ! すもぉ~くぉんざうぉ~たぁ~♪ ゴッド・ブレス・ユー、サンキュー、トキオー!」。