続々とリイシューされる幻の名盤や秘宝CDの数々──それらが織り成す迷宮世界をご案内しよう!
〈居酒屋れいら〉に若者が入ってきて騒がしくなったので店を後にした。私は内山田百聞。売れない三文作家であるが、道楽のリイシューCD収集にばかり興じているゆえ、周りからは〈再発先生〉などと呼ばれている。
その日私は心に決めていたことがある。先月目撃した2人の老婆、あれは夢か幻だったのだろうか? 私は、真相を確かめるべくふたたびあの扉の前に立った。しかし、あぁ、軽率な自分の行動をのちに激しく後悔することになるとは、その時は無論知る由もなかった。
〈ん、Ｗバー・ヤツハカと書かれていた看板がなくなっている?〉と訝しみながら静かに扉を開くと、そこには毒々しいほど艶やかな振袖を纏った3人の娘たちがキャッキャと喚声を上げていたので仰天した。私がいることにまるで気付かぬ風だ。
「いややわぁ、ピーター・フランプトンて大昔のイケメンて感じ。雪枝ちゃん趣味悪いわぁ!」
「ハンブル・パイにいた頃からアイドル顔負けの人気ギタリストだったんよ! 最近『Where I Should Be』（A&M／ユニバーサル）をはじめとするソロ作品が紙ジャケになったんで、全部揃えちゃったんよ。どお、花ちゃん素敵でしょ?」
「ぜ～んぜん! うちはやっぱりニック様命! あ、言うとくけどロウでもドレイクでもなくて、元ヘアカット100のニック・ヘイワード様やから! 83年作『North Of A Miracle』（Arista／BMG JAPAN）にウットリやわ」
「彼って甘いルックスのわりに音楽性はしっかりしてたんよね、ソウルとかジャズとか採り入れて。でもうちは優男風は好かん。ニック・ケイヴのほうがよほど男前やわ」
「月ちゃんったらひどいわぁ! だいたい月ちゃんは趣味が渋すぎるんよ、ねえ雪枝ちゃん!」
「ねね、それよりこのU2の80年作『Boy』（Island／ユニバーサル）のジャケットに写ってる男の子、カワイイと思わん?」
「キャー! これってデビュー盤よねぇ? 瑞々しい音楽性ともマッチしてるわぁ!」
「で、この子が3作目の『War』（Island／ユニバーサル）になると、こんな凛々しくなるんよ! 見て見て、月ちゃん!」
「『War』は初期の代表作やと思うけど、まだまだ幼すぎるわ。うちはやっぱりジョニー・ウィンター様がいちばん! ロン毛がたまらんてねぇ!
80年代後半のライヴ音源をまとめた『Live Bootleg Series Vol. 3』（Friday）を聴いてみてって!」
なんだ、この娘たちは!? 先月の老婆たちを数段下回る会話レヴェルの低さに、私は猛烈な頭痛を催した。しかしジョニー・ウィンターとは渋すぎる……。夕闇に染まった町を、私は頭を抱えながら駆けていった。
