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第8回――愛の営み

連載
ロック! 年の差なんて
公開
2008/11/20   05:00
更新
2008/11/20   18:34
ソース
bounce 304号(2008年10月25日発行)
テキスト
文/北爪 啓之、冨田 明宏


ロックに年の差はあるのだろうか? 都内某所の居酒屋で夜ごと繰り広げられる〈ロック世代間論争〉を実録してみたぞ!



僕は阿智本悟。大学卒業後、リバティーンズのようにクールなロックンロール・ライフを送りたくて上京……したはいいものの、地元(北国)にいた頃よりもロックな生活じゃないのはなぜ? 何てことをわざわざ考えるまでもないか。思い当たる節はただひとつ。〈居酒屋れいら〉のマスター、ボンゾさんのせいだ。今日も寂しがっているであろうボンゾさんのために、僕は〈仕方なく〉店にやって来た。でも本当は……今日だけは絶対に絶対にここへは来たくなかったんだけどさ。

阿智本「ういっす。とりあえず、梅割りとコンビーフね」

ボンゾ「オロ? 今日は来ないって言ってたじゃねえか。大事な大事な、誕生日なんだろ? 重要な予定があるって言ってなかったっけか? ほい、梅割り」

ドキン!と心臓が激しく脈打つ。けれど、僕は気付かれないようにできる限り冷静を装った。

阿智本「た、誕生日だからっていつもと違うことをするなんて、ロックじゃないなぁって思って。べ、別に、一人で過ごしても良かったんだけど、ボンゾさんが寂しがると思ってさ!」

僕は一気に梅割りを飲み干すと、すぐにおかわりを頼んだ。内山田ナントカさんが勘定を済ませ、今日も足早に店を出て行く。

ボンゾ「俺はお前に来てくれだなんて頼んだことはねえけどな! 先週はまるで、ナオンとデートの予定でもあるかのような口振りだったじゃねぇか! ガハハハハハハ!」

ズキン!と心臓を針で刺されたような気がして、思わず胸に手を当てている自分に驚きつつ、新たに注がれた梅割りを一口飲む。今日は味がよくわからない。――僕が密かに思いを寄せている同僚で、2歳年上の楓先輩。半年前に間違ってフランク・ザッパの『Uncle Meat』を貸して以来(6月号参照)、先輩は僕に対して妙な距離を置いていた。でも最近は徐々に誤解も解けはじめ、プライヴェートの話も少しずつするようになってきたんだ。だから今日、僕は勇気を振り絞って先輩を食事に誘った。だって、今日は僕にとって大切な日だから。でも先輩は、〈ごめんなさい! 先約があるの〉と会社を飛び出していった。やっぱりまだ誤解が解けてないのかな……。

ボンゾ「俺の店でシケたツラしてんじゃねえよ! まぁ、とにかく今日はゆっくりこのローラ・ニーロ『Nested』に酔いしれな。見ろ、このジャケ。最高にマブイ女だろ? アイツの……俺のカミさんの若い頃に瓜二つなんだな、これが。店に立っていた頃を思い出すぜ! ガハハハハハハハ!」

何て優しい音楽なんだろう。そして、この歌声。いまの僕にはちょっと……沁みちゃうな。古臭い都会的なイメージを思い起こさせるけど、この感じは悪くない。

阿智本「ボンゾさんってやっぱり結婚してたんだ。それで、奥さんはどうしたの?」

ボンゾ「バカヤロウ、こんな色男が結婚してないわけないだろが! でもまあ、夫婦ってのはいろいろあるもんでな、20年も前に娘を連れて出て行っちまった。もうずいぶんアイツとは顔を合わせてないから、色男も失格だな」

阿智本「ボンゾさん……」

ボンゾ「フッ、同情なんかいらねえよ。俺が悪かったんだよ、すべてな」

阿智本「いや、コンビーフがまだなんだけど……」

ボンゾ「(乱暴にコンビーフを置きつつ)でも娘とは最近頻繁に会ってんだ。出て行った時はチビスケだったが、いまじゃ年頃になってよお。ローラ・ニーロも顔負けのイイ女になりやがった。ブハハハ! そういやこのアルバムはローラの妊娠中に制作されたものなんだぜ。優しく包み込むような感じ、これが母性ってやつかもしれねえな。バカチンな阿智本にも生んでくれた親御さんがいるんだ。年に一度の誕生日くらい、お母さんに感謝してもイイんじゃねえか?」

何だよ、ボンゾさんたら。たまには良いこと言うよなぁ。

阿智本「フンだ! 言われなくたって毎日感謝くらいしてるよ! 今日はもう帰るね」

ボンゾ「何でぇ、帰っちまうのか。実はよ、さっき言ってた俺の娘がこれから店に来ることになってんだ。俺が言うのもナンだが本当に美人だぜ、見たいだろ? ん?」

阿智本「親バカにもほどがあるね。ダメ親子2人にホコリ臭いロックなんか紹介されたらたまんないからさ! ごちそうさま!」

〈れいら〉を出てしばらく歩くと、僕は実家の両親に電話をかけていた。その時、僕の横を一人の女性が通り過ぎた。すごく見覚えのある横顔だったけど……ま、気のせいか。



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