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第8回――愛の営み

再発先生奇談

連載
ロック! 年の差なんて
公開
2008/11/20   05:00
更新
2008/11/20   18:34
ソース
bounce 304号(2008年10月25日発行)
テキスト
文/内山田 百聞


続々とリイシューされる幻の名盤や秘宝CDの数々──それらが織り成す迷宮世界をご案内しよう!



 〈居酒屋れいら〉に若者が入ってきて騒がしくなったので店を後にした。私は内山田百聞。売れない三文作家であるが、道楽のリイシューCD収集にばかり興じているゆえ、周りからは〈再発先生〉などと呼ばれている。そのあだ名を自分でもまんざら悪くないと思っているから始末に負えないのだが……。

案の定帰宅して間もなく、いつもの時刻におふささんがやって来て、薄暗い玄関の土間に立った。彼女は先月亡くなった友人Nの細君で、何日か前に突然「主人が生前にお貸ししていたカンサスの紙ジャケット盤『Monolith』(Columbia/ソニー)をお返しください」とひどく陰鬱な顔をして訪れたのが最初だった。借りていたことを失念していた私は陳謝してCDを渡したのだが、なんと彼女は翌日もやって来たのである。

今度はサニーな佳曲揃いのソフト・ロック名盤、カフリンクスの69年作『Tracy』(Decca/Poker)を貸してあるはずだと言う。まったく記憶になかったが、棚を探すと確かにあった。どうして彼女はそれがウチに来ているのがわかったのか、それにCDのタイトルをはっきりと覚えているのも不思議である。Nは貸したものをメモに取るような几帳面な男ではなかったし、また私との間でお互いのCDが数多く行ったり来たりしているから、遺族にその行方がはっきりわかるはずもないのだが……。

しかし、それからおふささんは毎日同じ夕刻に必ず来訪した。翌日は永遠のクラブ・ヒッツ“Do The Hucklebuck”でお馴染みのネオロカ・バンド、コースト・トゥ・コーストの編集盤『The Hucklebuck』(YORKIE)を、

その翌日にはほろ苦い青春の息吹に満ちたネオアコの金字塔、ロータス・イーターズの84年作『No Sense Of Sin』(Arista/Vinyl Japan)を取り立てるように持っていった。

そして今日は、シン・リジーの脂が乗っていた時期に録音された発掘ライヴ音源『UK Tour 75』(Major League)を取りに来たらしい。家に上がってくれと毎回言うのだが、今回もいつものとおり土間に生えたような姿勢で聞かなかった。そして冥い声で静かに「主人が生前にお貸ししていたシン・リジーを返してください……」と呟くのである。

私は総身の毛が一本立ちになるような激しい身震いを感じた。すると彼女は顔に前掛けをあてて泣き出した。