続々とリイシューされる幻の名盤や秘宝CDの数々──それらが織り成す迷宮世界をご案内しよう!
〈居酒屋れいら〉に若者が入ってきて騒がしくなったので店を後にした。私は内山田百聞。売れない三文作家であるが、道楽のリイシューCD収集にばかり興じているゆえ、周りからは〈再発先生〉などと呼ばれている。
時刻がまだ早くやや飲み足りない感もあったので、久々に駅前のスナックへ顔を出すと、奥に津島君が蒼白い顔をして佇んでいた。〈しまった〉と思ったが後の祭り。彼は私を手招きして横に座らせると、暗い声で「恥の多い生涯でした」と呟いた。ああ、また例の陰気な愚痴が始まるのか。だが、彼の手元には数枚のCDが置かれている。ジャッキー・デシャノンの75年作『New Arrangement』(Columbia/Collector's Choice)か。ブライアン・ウィルソン夫妻の参加も光る隠れた逸品だ。
「昔読んだ小説に喜劇名詞や悲劇名詞なんて言葉が出てきましたが、ならばCDにも喜劇名盤と悲劇名盤があるんじゃないかと。デシャノンは他人に良曲を提供してますが、残念ながら自分の作品では商業的な成功を収めてないですよね。つまりこれは悲劇名盤です。で、リマスター化されたピーター・アイヴァースの『Terminal Love』(Warner Bros./Wounded Bird)も、変態的な歌唱と尋常ならざるアレンジの妙でいまや伝説的なカルト盤となっていますが、74年の発表当時はまるで黙殺されていましたから、当然ながら悲劇名盤」。
しかもアイヴァースは謎の撲殺で最期を迎えたから、本当に悲劇だ。それにしても今日は珍しく津島君が饒舌である。
「スウィートウォーターの68年作『Sweetwater』(Reprise/Collector's Choice)はLAサイケとサンシャイン・ポップを融合したような楽曲が聴きものです。が、〈ウッドストック〉に出演したにも関わらず、映画にもサントラにも収録されなかったゆえ世間から忘却されていたグループですから、やはり悲劇名盤になるのでしょうか。
また、ほぼ同期のジーザス・アンド・メリー・チェインより先に轟音ギター音響を鳴らしていたにも関わらず、彼らの亜流のように思われているスペースメン3も悲しい。86年のデビュー作『Sound Of Confusion』(Grass/Fire/ディスクユニオン)なんてサイキックで格好良いんですが……。
さらに元祖シューゲイザーでありながら、これまで好事家の間で密かに語り継がれているだけだったムースの92年作『...XYZ』(Hut/Cherry Red)も悲劇名盤に違いないですね」
興奮気味だった彼の表情がみるみる硬直し、いまにも泣き出しそうになっていた。
「あはは、僕の持っているCDは全部悲劇名盤だ。僕などやはり、人間、失格です」。
私はこれまでこんなにも情けない顔の男を見たことは、一度としてなかった。